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2002 秋・冬 アーカイブ

mardi 17 février 2004

さよなら、パリ。またくるね。

Dijon からの帰り道、M と待ち合わせしてカフェに入りました。
娘は最後の jus de tomate を、わたしたちはクレーム・ブリュレを注文。
もちろん、アメリのように、上の焦げ目をスプーンでぱりぱりしました!

M とは数回しか会っていないのに、
なんだか前からずっとともだちだったような気持ちになっていました。
「今度フランスにきたら、どこに行く?」なんて、
もう次の旅行の予定を話し合ったりして。

M が荷物を運ぶのを手伝ってくれたので、食器や本がたくさんつまった
スーツケースとボストンも、思ったより苦になりませんでした。


空港に向かう RER のなかで、夜闇に浮かび上がるサクレ・クール寺院が
どんどん遠ざかっていくのを眺めながら、涙が止まりませんでした。

サクレ・クールは、わたしたちがパリに到着した夜、
ともだちと4人で、最初に行った場所だったから。。。
夜中のモンマルトルを走り回るのは楽しかった!


そんなときに携帯のベルが鳴りました。
最初の夜、モンマルトルをいっしょに走った
ともだちのひとり、Guillaume でした。

「KiKi がひとりだって知ってたら、見送りに行ったのに!」って、
思いがけない優しい電話に、嬉しさと悲しさと寂しさで、
ますます涙が止まらなくなっちゃった。

もうこんな自由な生活をすることも、奇麗な街並をのんびり歩くことも、
フランス語を一生懸命喋ることも、当分ないんだなーと思ったら、
まるでこの世の終わりみたいに悲しくなっちゃって。。。


でも、一番良かったと思うのは、今回いろんなひとと日常を過ごしてみて、
フランス人の生きた生活(って言い方は変?)が体験できたこと!

ああ、やっぱり絶対フランスに住みたい!!!
行き着く先は、どうしてもここ。

がんばろうっと!

samedi 14 février 2004

リヨン。パリより好きかも。

Lyon は、一番好きな街かもしれません。 下手したら、パリより好きかも。
すごく歴史を感じる街並、なかでもよかったのは、 Traboules と呼ばれるパサージュ。






これには古い古い歴史があって、
建物はルネッサンスの時代のものが多いそう。
あんまり詳しいことは分からないんだけど・・・
Henri が一生懸命説明してくれたけど、
細かい部分が理解できなかった。。。
次にいくときは、もっと勉強していかなきゃもったいないですね。






とりあえずわたしが理解できたのは、
昔、ひとつの建物にはひとつの一族が住んでいて、
建物の内側に通路があって、一族は通りには出ずに建物内だけで行き来し、
ほかの者は入れなかったそうです。
そして、その一族の中でも身分の低いものは上階に、
下階に行くほど身分が高かったそうです。





見ればなるほど、おもしろいように上に行くほど窓は小さくなり、
最上階の窓なんて屋根裏部屋の換気窓みたい。
また、回廊の装飾の豪華さも、天井の高さも、雲泥の差です。




最下階の回廊の天井は、ゴシック風の尖ったアーチ状の部分に装飾が施してあり、
その上の階はアーチのみ、そのまた上はひらたく塗ってあるだけのもの、
最上階は木の板が打ち付けてあるだけ。。。
極端に違うんじゃなくて、身分に合わせてグラデーションになってるわけです。

これはかなりわたしの興味を引いたので、Sandra に頼んで、 彼女のもっていた"Traboules" に関する本を譲ってもらいました。 ちょうどその本を買ったという "Le Musée des Beaux-Arts" が、 不運にも月曜日で休館だったんです。

お金を払うといったら、
日本の千円札と取りかえっこしよう、と言われました。
彼女は、外国のお札フリークらしいです。


Notre-Dame de Fourvière-basilique


ローヌ河から見た Notre-Dame de Fourvière-basilique





















St. Jean-Baptiste





Théatre Romain







Centre-ville de Lyon






jeudi 12 février 2004

素敵なパパ、アンリ。

最後に訪れたのは、Lyon の友だち、Henri の家。
彼には韓国人の奥さん Sandra,
(でもフランス語しか喋れないし、キムチも知らなかった)と、
うちの娘と同じ9歳の女の子 Jade がいます。





娘と Jade は、お互い言葉が通じないにもかかわらず、滞在の3日間、
ずっと仲良く遊んでいました。Jade がフランス語でがんがん話しかけて、
娘が困っている光景が、すごくかわいかったです。





"poire" という、夜だけやってる遊園地みたいな場所に
(お祭りの屋台+アトラクションがひとつの通りに並んでいる)
子どもたちを連れて行きました。



ひとり10ユーロずつわたしたのですが、お互いに今いくら残ってるか、
おんなじになるように確かめ合いながら使ってるんです。かわいい!!
しまいには、半端に残ってしまった50サンチームをふたりで出し合って、
1ユーロのスライムを買って、はんぶんこにしてました。



Henri がまた、すごーくいいパパなんです。
本当に、Jade をめちゃくちゃ愛して、大切にしてる。

Sandra は仕事が忙しいから、家事はもっぱら Henri の役目。
Jade とつくったジャック=オ=ランタンがあったり(実物、初めて見ました!)
食べるために買ってきたえびを、かわいそうに思って庭で放し飼いにしてたり、
とても微笑ましかったです。




遊びに行くときも、Henri の手作りサンドウィッチにポットに入れたカフェ。
Jade が素直で子どもらしくて優しいのも、うなずけました。

絶対に、また訪れたい家です。




mardi 10 février 2004

Claire の部屋でクレープパーティー。

でも、2度めに彼の友だち Claire の家でクレープパーティをしたときには、 なんとか聞き取れるくらいにはなったんですけどね。 でも、自分の言いたいことを即座に伝えるのが、これまた難しい。 言葉が出てこないし、コンジュゲゾンもめちゃくちゃ!
クレープを作る Claire, Damien, それから Mathieu とつまみ食い専門のぽってぃん。


Claire ってめちゃくちゃ陽気な女の子で、歌やモノマネがとってもうまくて、
ギター弾きながらずっと歌ったり踊ったりしてました。
みんなもそれに合わせて歌ったり踊ったり、うちの娘をおもちゃにしたり。



Mathieu と Claire, いろんなデュエット聴かせてくれました。


Mathieu, Hanappe そして Mathilde


漢字グッズが流行ってました!


Julien, Lyle と。


男前 Damien と、ふてぶてしい Hanappe


かなり酔ってます。


ほらね。酒グセ悪そう。つか、悪い・・・。


とっても陽気に歌う Claire と Mathieu, それにちょっかい出す赤色人種。


誰がオオカミ男 Loup-garou で誰が魔法使い Sorcier/ère か当てるゲーム、
(なんていうのかな?)
にらめっこなんかをして遊びました。

みんな、わたしより10歳以上歳下だから、ついていくのが大変でした。
でも、すごく楽しかった!!!


Mathieu デカイ!
Damien ちっちゃい!



出しゃばりすぎ。

ごめん、ぽってぃん、
きみの顔を隠してしまった。


Julien のうちで和食パーティー。

夜は彼がパーティを主催してくれて、 彼の作った和洋折衷の料理をみんなで食べました。

お米が生炊けで、おかゆみたいな上に思いっきり芯が残ってるのに、
みんながおいしいおいしい、って食べてるのがおかしかったです。
そういうわたしも、おいしいおいしい、って食べたんですけどね。

Julien にはあとでこっそり「ちょっと違うと思う。」とささやきました。
他のみんなは「日本人て、いつもこんなもの食べてるの?」て思っただろうな。

Mathilde とお絵かきするぽってぃん。

10人近く人がいたんだけど、
(フランス語を喋る台湾人、中国人、アメリカ人も!)
何しろ彼らはネイティブ同士で喋っているもんだから、
はじめは彼らが何について話してるのかさえ、さっぱり分かりませんでした。
なんだか淋しかったな・・・。



右から、Julien, Lyle, Claire, えと、名前忘れました・・・




Mathilde と。

samedi 7 février 2004

Julien のママン、ごめんなさい。

そうそう、Julien のママンにはすごくよくしてもらったのに、
いまだに悔やまれることがあります。




それは、葡萄畑の行き帰り、助手席で眠ってしまったこと。
言い訳すると、その頃は薬をけっこう飲んでたからなんです・・・。






車で一日中いろんな場所に連れて行ってくれて、
素敵な風景を見つけると、わざわざ車を止めてくれて、
「写真を撮っていらっしゃい。」って言ってくれました。







教会や、小さなお城や、葡萄畑の中にぽつんとある小屋や、
道ばたの看板や、古い学校の建物や、ぶどう園や・・・。













帰り道、疲れていた娘を気づかって、
小さな街のサロン・ド・テにも連れて行ってくれました。



サロン・ド・テの前にあった、小さな回転木馬。かわいかった。

彼女は自宅にも連れて行ってくれて、お部屋の中を見せてくれました。
わたしがこの地方の家の造りを写真に撮れるように。

それなのに、また途中でフィルムが終わっちゃった・・・。
結局、きれいに撮れていたのはこの2枚だけでした。

2階にあがる階段。


彼女のキッチンです。素敵。

ディジョンの田園風景。

旅も後半に入って、Dijon に住む友だち、Julien の家へ。 彼は日本語ぺらぺらで、日本に来たときにも何度か会ったことがあります。 彼のママンとも、日本に来たときにわたしの住むアパートからすぐそばにある、 盆栽町というところを案内しました。その名の通り、盆栽が売りです。 外人の方もよく訪れるくらい有名らしいです。
Julien のママン。赤がとても似合ってました。

Julien のママンが、車でぶどう園やワイン醸造所へ連れていってくれました。
この醸造所の建物、昔は修道院として使われていたそうです。



手前に柵があって写真が撮れず、腕をつっこんで撮影。


奥に入っていくと、こんな作業場が。



すごく味わいがある建物。
いつの時代のものなんだろう・・・



Hana, ママンのわんちゃんとお散歩。

その景色のなんとおおらかで鮮やかだったこと!!
一面が、緑と茶色と紫色のグラデーションなんです。
ふつうに、かわいい小屋や小さなお城があるし。



ここからシャンベルタンに入ります。


葡萄畑。秋だから、全部枯れちゃってる(の?)。


全体に見た景色は本当にきれいなグラデーション。


ぽつんとある小屋も味がある。

フランスの田園を訪れたのはこれが初めてだったので、いたく感動しました。



ワイン醸造所の向かいにあるぶどう園


Chateau de la Tour の
ワイン販売所。



これもそう。素敵でした。


看板。本当は、奥に映っている建物が撮りたかったんだけど。

jeudi 5 février 2004

モン・サン=ミシェルが江ノ島に似てる?

大聖堂の中は、、、うーん、どんな言葉にもできない。 とにかく、ものすごかった。 ダンジョンみたいだった、俗的な言葉で表せば。 そんなもんじゃないですけどねー。


各部屋の説明が、全部フランス語だったから(あたりまえですね)
もっと勉強してくればよかった、とほんとに思った。
後半に、娘がトイレに行きたくなっちゃって、
じっくり見られなかったのが本当に残念。



日本人のツーリストが島を歩いてる人の大半を占めてて、
日本人の女性コンダクターの『江ノ島に似ていますね』なんて
ばかげた言葉に、娘はえらく憤慨していました。

でも今年の春、初めて江ノ島を訪れたとき納得しました。
島を登っていくとっても細い道の両脇に、おみやげ屋さんが
すき間なく軒を連ねているところ、
ところ狭しと並べられた観光グッズの品揃えの節操のなさ、
まるでタイムスリップしたみたいです。

おみやげ屋さん通り・・・うーん。

境内までの(Mont St-Michel でいえば修道院ですね)長い階段なんて、
なんだかとても懐かしい感じがしました。
やっぱり、だてにツアコンやってるわけじゃないのね。

記念に薄っぺらいガイドの本買ってきたんだけど、
日本に帰ってから開いたら、なんと見知らぬ言語!!
よく確かめたら、フランスの国旗のやつを選んだつもりが、
トリコロールがよこしまだった・・・うーん、オランダ語?

国旗の色だけで選んでしまったバカなわたしです。。。
ちっとも読めませんでした。

島内の小さな教会の前で寒さにふるえるぽってぃん。 古い石造りの建物に、赤く塗り直した木の扉が印象的でした。

mardi 3 février 2004

ノルマンディ名物、羊とオムレツ。

次の日の明け方に島を見て回ろうと思っていたわたしたちには、
不運にも、翌日は朝からすごい雨。

ここからの夜明けを見るのを楽しみに、7時に目覚ましをかけていたのに
(こちらでは日が昇るのが8時位だったのです)
すごい音で目が覚めて、窓の外を見たら土砂降りだったから、また寝ちゃった。


遅めの朝食に、ノルマンディ名物の『オムレツ』と、例の『羊』を、
ホテルの下のレストランで食べました。

『オムレツ』は、悪いけど正直自分で作った方がおいしいと思いました。
『羊』は、ブロシェット(串焼き)だったんだけど、焦げてて、固くて、
味がいまいち分からなかった。うーん・・・・



一時的に小降りになってた雨も、また本格的に降り出し、
わたしたちはいよいよ、島を登って大修道院へ。



M とぽってぃん。これが M の、たった一枚の写真。


大聖堂に登る途中、眺めに見入るぽってぃん


一番いい景色のところでカメラの電池がなくなっちゃって、
すごく頭に来たんだけど、でもその分目に焼きつけたから、今でも覚えてます、
Mont St-Michel のてっぺんから眺めた海、ノルマンディの大地。

地平線、久しぶりに見たなあ。


samedi 31 janvier 2004

モン・サン=ミシェルの夜。

そしてその夜、St-Malo からバスで2時間かけて、ブルターニュの東、
ノルマンディにある Mont St-Michel に行きました。
(モン・サン=ミシェル、っていったほうが馴染みがあるかな)
これは世界遺産でもあるんだけど。。。

潮の満ち引きで、島への道がなくなっちゃったり、草原が現れたりするんです。
(今では立派なアスファルトの道路ができちゃってます)
ホテルには、潮の満ち引きの時刻表も貼ってありました。

引き潮のときは、そこに羊をはなって、その羊たちは現れた草原の草を食べる。
そのお肉が agneau salé といって、ここの名物にもなってます。
海の草を食べてるからしょっぱいみたい・・・可哀相な気もするけれど。


夜についたとき、暗く果てしない海の中に浮かび立つその島は
本当に幻想的で、圧巻でした。言葉には表せません。



この写真は借り物です。綺麗すぎますね。

その夜は島の中にある古びたホテルに泊まりました。
いきあたりばったり、値段と見た目で選んだホテルが、あとでガイドを開いたら、
100年もの歴史ある有名なホテルだったことが分かり、M とふたりでビックリ!

内装は、壁は無造作に並んだ石でできてて、
木の梁みたいなのがあって、山小屋みたいですごくかわいかった。
値段も、3人で80ユーロ弱(だいたい1万円くらい)と安かったです。
古いわりに、水まわりもしっかりしていて・・・

ホテルを決めた後、わたしたちは真っ暗な中、
狭くて古い石畳の坂を上り、まだ開いている crêperie を見つけて、
メインにはそば粉のしょっぱいクレープ、デザートには小麦粉の甘いクレープと、
念願のクレープをお腹いっぱい食べたのでした。

jeudi 29 janvier 2004

ブルターニュ名物。


St-Malo は、中世の建物や教会があって、本当に素敵でした。 フランスのこの時期には珍しくいい天気だったしね!




クルマが邪魔。

名物(というか、この地方が発祥の地)のクレープは食べはぐったので、
次の場所で食べることに。でも、クィニー・アマンはしっかり食べてきました。
クィニー・アマンも、お店によって形や味が全然違うんですね。
手がべとべとになるぐらいお砂糖がかかってたけど、ほんとにおいしかった。


遅めのお昼に入ったブラッスリーで、ムール貝のワイン蒸しを注文しました。
一人用とは思えない大皿には、ムール貝とフリットがてんこ盛り。
きっと、食べきる前に飽きる量です。っていうか、見ただけでおなかいっぱい。

でも、フリットはものすごくおいしかった!
じゃがいもが、日本のものより黄色くて、さつまいもみたい。
ほくほくして、甘みが多いんです。
ムール貝はみんなに食べてもらったけど、フリットはおかわりしたかったな。



街の中。


ブルターニュ地方の『カンペール焼』という、絵付けしてある食器類が
めちゃくちゃ素敵で、バターケースなんかもかわいくて、本当はいろいろ
買って帰りたかったんだけど、割れるのが怖くてお皿1枚しか買えなかった。

・・・っていうか、お皿の前でずっと迷っているわたしを見るに見兼ねて、
M が記念にプレゼントしてくれたんですけどね。
幸運にも、そのお皿は無事わたしたちと一緒に帰国しました。

mardi 27 janvier 2004

海の町、サン・マロ。

St-Malo という街は、パリから TGV で Rennes まで2時間、
そこから鈍行で1時間の北西、ブルターニュにあります。



これが城壁。St. Malo の街にはいる前。

ちっちゃなとこなんだけど、海沿いの、
城壁に囲まれた石造りの街で、昔はバイキングが制していたみたい。
おみやげも、マリン・グッズや海賊ものばっかり。


海沿い側の町並みです。登ると、大砲なんかがおいてあります。

わたしたちが行った日は、
ちょうどヨット関係のイベントをやってました。
中世の姿を残した城壁で囲われた港に、
最新式のヨットがところ狭しと並んでる光景は、かなり異様でした。


St. Malo の観光案内所(だったと思う・・・)

城壁に登ると,水平線上に、遠くイギリスが見えました。
フランスにしか行ったことのないわたしは、すごく感動しました。



向こうに見えるのが、イギリス。

海に出るために城壁を降りた瞬間、声を上げたかったけど、声にならなかった。
今までは見えなかった緑の草原と、海岸の砂の山が交互に広がって、
『千と千尋の神隠し』で、千尋が最初にあの不思議な建物から
向こうの世界へ飛び出た瞬間に広がった光景が、頭をよぎりました。
宮崎監督って、ここに来たことあるのかしら。なんてね。


この眺めです・・・

まじで思ったんだけど、世界中に、こんな物語の中みたいな素敵な場所は
いくらでもあるんだろうな。


これな〜んだ?

samedi 24 janvier 2004

ノルマンディ、女三人旅。

すっかり気があった恩人 M と、旅行をしようということになりました。
わたしは絶対今回の旅で Mont St-Michel を訪れたかったし、
彼女もまだ行ったことがないというので、そこに決めました。

Mont St-Michel までは交通の便が悪いので、電車で日帰りは無理です。
安くて日帰りできるバスツアーにするか、前日ぎりぎりまで迷ったのですが、
ツアーじゃつまらないし、結局向こうで1泊することになりました。

前日に、Montparnasse 駅で待ち合わせして、TGV の指定席を予約しました。
それから、節約のために、スーパーに行ってミネラルウォーターと、
朝食用のバゲットにはさむハムやパテにリエット、おやつなどを買い込みました。


当日、M が、Mont St-Michel に行くには Rennes で乗り換えるから、どうせなら
Rennes から鈍行で1時間で行ける St-Malo にも行こう、と言い出しました。
St-Malo がいいらしい、と情報を得たとのこと。

わたしは、フランス国内ならどこでも行けるフランス・レールパスを
日本で買ってきていたので、行かない手はありません。
ちょうど、TGV の斜め前の席で日本人のバックパッカーらしき青年が、
時刻表を広げていたので、それをちょっと拝借して接続を調べました。

こうして、わたしたちの気ままな女三人旅は始まりました。

jeudi 22 janvier 2004

Lille のカジノ。

Lille では、生まれて初めて、カジノという場所に行きました。
カジノといっても、日本で郊外にあるでっかいパチンコ屋みたいな感じ。
きれいで広くて明るくて、オープンな雰囲気でした。

でも、遊びに行ったのではありません。
Bertrand の妹がそこでバイトしてたんです。

彼女はすごく端正な顔立ちで、赤く染めたショートヘアに
かわいくパーマをかけて、ピアスをいっぱい開けててオシャレ大好き、
Lille のみんなに比べると都会っ子な雰囲気で、無口でつっけんどんで、
みんなが本人に面と向かっていうほど "mauvais caractère" なんですが、
ところどころ、ふとした瞬間に、深い優しさを感じるんです。
わたしが戸惑ってると、そっと教えてくれたり。

わたしたちが突然カジノを訪れたときは、照れくさそうにちょっと微笑みました。
そんな彼女が大好きです。今はどうしてるのかな。



虹、見えますか?

mardi 20 janvier 2004

アートとお菓子。

Bertrand の家も、Mélanie の家も、
パリのアパルトマンとは違って木や石でできてて、
暖炉があって、緑がいっぱいで、
お庭もキッチンもすごくかわいかった。


Mélanie のおうち

Bertrand の家族は犬を2匹飼ってて、いたずらをすると、
パパが自分の履いてるスリッパを脱いで、それで叩くんです。
ものすごい早口で(しかもかなりなまってる)、
なにかギャーギャー怒鳴りながら。ちょっと怖かった・・・

Roxy... Bertrand ちのわんちゃん。残念ながら、今はいません。

これがフランス式の犬のしつけ方なのか、と気の毒におもっていたら、
あとで Julien の家に行ったときに、彼のママンが、愛犬を赤ちゃんのように
猫(?)かわいがりしてるのをみて、ちょっとだけほっとしました。

Yann ちのわんちゃん。すごく優しい。

Mélanie の家では、彼女のママンがアニメーションの
キャラクター・デザインをしてるっていうので、作品を見せてもらいました。
さすがフランス、油絵や水彩画が趣味っていうひとがすごく多かった。


Yann のおうちで、みんなと。

それから、フランスの女性って、ささっと素早くお菓子を焼いちゃうんです。
Mélanie とあとで登場する Claire のガトー・ショコラ、
Bertrand のママンのフルーツのタルト、
Julien のママのオリーヴのいっぱい入ったパウンドケーキ。

素早くて、すっごくおいしいんです!
見習わなくちゃ、と思いました。


samedi 17 janvier 2004

Lille で食べたラクレット。

パリの他にいった街は・・・


Lille の街

まず、フランスの北東の端にある Lille っていうところ。
日本の車の工場がいくつかあるらしく、日本人も結構いるらしいです。

駅にもすっごく大きなショッピング・モールがあって、びっくりしました。
そこにはネットで知り合った友だち Bertrand と、その彼女 Mélanie が
住んでたから遊びにいったんだけど、パリから TGV(新幹線)で1時間位。
ロンドンと長いトンネルでつながっている街。

Bertrand のおうち
彼の家族、彼女の家族、そして彼らの幼馴染みに会ってきました。 みんな、暖かくて、優しくて面白くてすっごくいい人たちだった! わたしがろくにフランス語を喋れないにもかかわらず、 「KiKi はもう一度ここに来なくちゃ駄目だよ。強制するよ。」 って言ってくれて、次の週も彼らの家に泊まりにいっちゃいました。
Bertrand のパパ、ママン、そして Mélanie といっしょに。
Bertrand の家では、raclette っていうお料理を初めて食べました。 手のひらサイズの三角形のラケットのようなフライパンを、 ひとりひとりがもって、そこにお皿に盛られたタマネギやポテト、 ハムやパテを重ねていき、一番上にチーズをたっぷりとのせて、 丸い二段重ねのヒーターのような器具の下の段に並べます。 チーズが溶けてきたら出来上がり。

あとで、MONOPRIX でその器具を見つけました。
3,000円くらいだったかな?
Bertrand のママが、日本に送ってあげるから、って言ってくれたので
住所を書いてきたけど、いまだに送られてこない。
忘れちゃったかな・・・


教会。名前は忘れた。

Bertrand, Mélanie と Hanappe

jeudi 15 janvier 2004

ハヤク、オイッコ!

ともだちの彼 Xavier と、その甥っ子 Guillaume の家に、夕食に招待されました。
彼らはとてもユーモアのある、素敵な人たちでした。

日本のことや日本語をとても知りたがって、
着いたとたんにリクエストされたのが、「あやとり」。

彼はもう本も買っていて、「やってみせて」と言うので、
娘と『ふたりあやとり』をやってみせました。
彼は飲み込みも早く、一度見ただけですぐにマスターしてしまいました。


次に、日本語。
まず、"neveu" を日本語で何と言うのかと質問され、
「甥っ子」だ、と答えると、
すぐさま Guillaume に向かって「オイッコ」を連発。
フランス人だから、「イ」にアクセントがあって「コ」が小さい。
すっごくおかしかったです。

さて、さんざん連発したので気が済んだかと思ったら、
次は "Dépêche-toi !"(急げ)の日本語。
「早く!」と教えたら、今度は、料理している Guillaume に向かって、
「ハヤク、オイッコ!ハヤク、オイッコ!」・・・


夕食は、Xavier の手作りキッシュ、Guillaume 担当のパスタ
(彼がそれを作っている間、Xavier は絶え間なく
 「ハヤク、オイッコ!」を連発していました・・・)
それからデザートに Guillaume 覚えたてのクレープ!
お腹いっぱいだったけど、せっかく披露してくれたのに、
手をつけないのは悪いかな、と思って全部食べました。
おいしかった!!


でもまだありました。チーズです。
ここまでこないと、食事は終わらないんですね。

最初はものすごい臭いにまいっちゃったけど、
特別に用意したチーズだって言われると断れなくて、
食べてみたらこれが病みつきになっちゃった!

あんなにおいしい納豆を嫌がるひとの気持ちがやっと分かった気がします。


mardi 13 janvier 2004

パリの灯。

今回初めて、パリで夜、車に乗りました。
5〜6回乗ったけど、どれも最高だったな。
夜のセーヌ川沿いを車で飛ばすのは、
本当に本当に涙が出そうなぐらい奇麗でした!!!

セーヌ川沿いを走ってれば、
ほとんどの名所がライトアップされて見えるから、
ノートルダムも、エッフェル塔も、凱旋門も、
Hôtel de ville も、めちゃめちゃきれい。
おとぎの国みたい!

パリの明かりって蛍光灯じゃないから、
黄色い光が暖かくていいですね。


Ludovic たちに車で送ってもらったときは、彼らとその子どもたちが、
フランスの有名な歌をいろいろ歌ってくれて、楽しかった。
そのうち、どんどんみんなの声が大きくなって、大変なことになってたけど。
Julien は、そういうの苦手だったみたい。

最後に、KiKi たちも何か日本の歌歌ってよ、っていわれて、
わたしと娘はさんざん迷ったあげく、「富士山」を歌いました。
Mont Fuji ならみんな知ってるかな、と思って。

samedi 10 janvier 2004

パリの中国人。

Julien と、CARAMAIL で知り合った Ludovic とその彼女の Claire-Marie,
彼女のふたりの息子 Florien と Julien で中華街に行きました。

お兄ちゃんの Julien が10歳、弟の Florien が8歳で、
うちの娘が9歳だったから、最初は照れててもレストランにはいったら
たちまち仲良くなっちゃって、食事もろくにせず、
手品を見せ合ったり、トランプでバタィユというゲームをしたり、
まるばつをしたりしてずっと遊んでました。
やっぱりこどもっていいな。


Claire-Marie は、どうやら日本と中国の区別がつかないらしく、
いくら説明しても、日本語ペラペラの Julien に、
「中国語は難しい?」「いつから中国語を勉強しているの?」と聞いていました。
Julien, ちょっとうんざりしてた。


そんな、和気あいあいとしてる中、レストランのオーナーらしき中国人が、
注文したビールをもってテーブルにやってきて、わたしに向かって
「あなたたちは日本人か」とおもむろにたずねました。

そうだと答えると、彼はなぜか Julien に向かって
「ここは日本人のくる場所じゃない!」と吐き捨てるように言い、
ものすごく不機嫌になっていってしまいました。

Julien とわたしは、驚いたのと同時にとっても不愉快な気分になって、
こんなとこ二度と来るもんか、と話しました。

jeudi 8 janvier 2004

似顔絵描きに気をつけろ!

カフェにいる間、絵描きさんが何人も、「似顔絵を描いてやる」って寄ってきた。
だから、"Je suis complètement fauchée !"(わたしは一文無しです!)
って言ったら、フランス人のともだちは大笑い。
きみはいいフランス語を知ってる、だって。

絵描きさんだけは、ぶすーっとしてたけど。からかわれたと思ったのかな。
だって、本当に一文無しだったら、カフェなんか入れないっつーの!
いまだに、それは笑い話です。


でも、前回のパリ旅行では、まんまとやられちゃったんです。
向こうも必死ですからね。

テルトル広場でぼーっとサクレ=クールを眺めていたら、
急に絵描きさんが寄ってきて、
「はい、似顔絵描いてやったから500フラン」

・・・・・・!

この人、わたしの知らない間に、勝手に似顔絵描いてたんです。
500フランていったら、1万円強です!
そんなの、払えるわけありません。

「気をつけろよ」って主人がわたしを怒ってるスキに、
別の絵描きさんが今度は主人のところへ。

ふたりして500フランずつ請求されちゃって、
わたしはあたふたしてたら、主人は迷わずお財布を広げてみせて、
「ほら、これだけしかないんだよ」。

見れば、お財布の中には小銭ばかりが。
彼は、こんなときのために、靴の中にお札を隠しておいたのです。お見事!

おかげで、絵描きさんたちの方がわたしたちに同情してくれて、
「それなら、コーラが飲める分だけお金をくれればいいよ」だって。

記念になるおみやげもできたし、なんだか得しちゃった!

mardi 6 janvier 2004

テルトル広場にて。

それから他に会ったコミュニティのともだちは、
彼が日本に来たときに何度か会った Julien*,
ジュネーヴからわざわざTGV で会いに来てくれた役者の Olivier,
それからもう仲良くなった M と、Gare de Lyon で待ち合わせして、
わたしの希望でモンマルトルへ。

* Julien = 彼は14歳の時から日本語を独学で勉強して、漢字にも強いし、
    難しいことばも知ってるし、他にも何か国語かできるすごい青年


モンマルトルでは、持っていったパグのパペット(わたしの作品)が、
テルトル広場の一番大きな目立つカフェのギャルソンをしてた
おじさまに気に入ってもらえて、すごく嬉しかった!!!

そのおじさま、「いくら払えばいいんだ?」って しつこく聞いてきて、かなり欲しそうだった。

大事なものだったから、最初は笑ってごまかしてたんだけど、
あんまり何度も聞くから、"150 euros" って答えました。
わたし、日本ではそのくらいの値段で売ってるから、
べつにふっかけたつもりはないんだけれど・・・。

そしたらおじさま、"Sans blague !"(うそだろ!)って笑いながら、
わたしの頭をぽん、と叩きました。

それでも彼は諦めず、
「もし売る気になったら声をかけてくれ」って言って、
ずっとわたしたちのテーブルにくっついてた・・・

でも売らなかった。ちょっと後悔。

mardi 30 décembre 2003

日本と自転車をこよなく愛すフランス人、Jean-Louis。

コミュニティでできたともだち、ひとりは前に窮地を救ってくれた M,
日本のことをわたしよりも知ってて、日本語もペラペラの Jean-Louis,
それからともだちの Nicolas とオペラ界隈で食事をしました。

生まれて初めてエスカルゴというものを食べたけど、
もう二度と食べないだろうなって思いました。
なんか、いろいろ想像しちゃって・・・


Jean-Louis の奥さんは日本人で、3人のお嬢さんがいます。
彼女たちの名前は日本語。
日本にも15回来たことがあるらしい。
自転車が大好きで、東京の中野から小田原まで自転車で行っちゃうようなひと。

オペラの階段で待ち合わせしたときも、自転車に上下ジャージ、
白髪を振り乱した姿で来ました!

高校で数学の先生やってるらしいですけど、彼のメールはいつも、
とっても詩的なんです。理解するのがやっとなくらい。

彼のメールをすらすら読めるようになるのが、来年の目標かな。

samedi 27 décembre 2003

パリでの失恋。

わたしはパリのちょっと郊外にアパルトマンを3週間ほど借りてたので、
向こうでちょっとした恋愛などもしたりして、半同棲も経験し、
パリでの生活を堪能しました。

彼とは半年ほど前から毎日のようにチャットしたり、手紙もやり取りしてたし、
何も分からないわたしに本当に根気良くフランス語を教えてくれたから、
かけがえのない存在になってたんです。

お行儀の悪い習慣も身についちゃいました。メトロのただ乗りとか、
大通りを信号無視して渡ったりとか、歩きながら食べたりとか、
雨が降っても傘をささないとか・・・

そして、パリのど真ん中で置き去りにされるという悲しい失恋もし。。。
パリでは彼とずっと一緒で、生活するのも観光するのも散歩して歩くのも、
まるで本当の恋人同士みたいにしてたから、一時期は
何を見ても聞いても感じても、彼のことばかり思い出しては泣いていました。
パリの街が、本当に大嫌いになりそうだった!!!

そのあとはお互い笑顔で別れることができたからまだ救われてるんだけど、
大切な友だちをひとり失ってしまったことが悲しいです。。。


でも、やっぱりパリは大好き!!!

jeudi 18 décembre 2003