メイン

こころのトンネル アーカイブ

lundi 1 décembre 2008

リバウンド

もしかして、治ったのかなぁ、と思う。

ふつうに身の回りのことをやって、ふつうに寝て、
ふつうに起きて、ごはんももりもり食べている。

お引っ越しの準備を始めるまでは、
薬がないとなんとなく不安だったり、つらかったりした。
でも、始めてからはすごく無理をすると
気分が悪くなってしまって頓服を飲んでいたものの、
今では出かけるときだけ数錠の安定剤をしのばせておけば
安心して過ごせるようになった。


本当は、とても怖かったりする。

去年かおととしか、パリに3か月滞在したときに
ちょうど真ん中の1か月をひきこもって過ごしたことがある。

ぽってぃんと初めてそんなに長く離れていたこともあって
子供を見るたびに涙が出てしまい、外にも出なくなり、
おまけにフランス語しか通じない(当たり前)生活に疲れ、
パリ症候群みたいになってしまった。

また鬱がきた、と
フランス旅行中に発作とか起こしたことのなかったわたしは
すごく残念ですごく悲しかった。


今回の渡仏はなんだかんだで2カ月だけれど、
こんなに慣れないこと(ふつうの生活なんだけど)をして
無理なスケジュールをこなして、
正直いつリバウンドが来るのか分からない。

でも、こんだけやったらなんでも乗り越えられそうな気もする。
もしかしたら完治したんじゃないかって思ったりする。


昨日の夜はひさびさに、消えたい病が出てしまった。
モノも片づいたし、お掃除もしたし、ぽってぃんとも離ればなれだし
疲れきったし、立つ鳥あとを濁さずでいいかな、
もう終わりにしたいな・・・なんて思ってしまった。

前向きな日々、でもほとんど考える時間のない日々がつづいて
ちょっとしたリバウンドかもしれないけれど、
いろんなことに疲れてしまった・・・いろんなことに。


ああ、なんか暗い日記だ。
どうしちゃったんだろう、また戻っちゃうのかな。

lundi 17 novembre 2008

マリッジ・ブルー?

いろんな書類やそろえるモノが多くて疲れちゃった。
引っ越しのために段ボールに詰めるのも飽きちゃった。

がんばってもがんばっても終わんない気がする。
なんだかわかんないけど、泣きたくてたまんない。
ちょーネガティヴだ。

これがマリッジ・ブルーかしらん。

だいじょうぶだいじょうぶ。
きっと間に合う。
きっとうまくいく。
きっとしあわせをつかめる。

なーんて自分に言い聞かせても今はなんの効力ももたない。

どうしたら抜け出せるの、
もうなんにもしたくなーーーい!!!

jeudi 20 décembre 2007

ぽってぃんの家出。

ぽってぃんが家出してから、もうひと月以上になる。

フランスに行っていた期間も合わせれば、
もう2か月近くいっしょに暮らしていない。

ここになにも書けなかったのは、
そのあいだにいろいろなことがありすぎたから。

まさかわが家に家族崩壊の危機が訪れるとは。
わたしはずっと、まちがってたんだなって自分を責めてばかりで。


でもなぜか、体調はものすごくよくって・・・。
まだまだな部分もたくさんあるけど、
ほかのひとたちには「当たり前」にできていることが
ひとつひとつできるようになっていくのって、すごくうれしい。


それでも娘はいう。
社会人なんだから、当たり前のことをして威張るな、と。

それももっともだと思う。
彼女が出ていったのは、わたしが何もしなかったから。
出来なかったとはいえないんだろうな。

わたしといると疲れるのだそうだ。
そりゃそうだ。
本人が自分に振り回されて粉々になってるんだから
他人が耐えられるわけがない。
どれだけ心配や迷惑をかけてきたんだろうとおもうと
一生かけてもつぐなえない・・・想像もできないくらいだ。


もうそろそろ、本当にいなくなりたいと思った。
自分の産んだ娘に自分の存在を否定されることほど
つらいことはない。
つらいということばが大嫌いでも、心底つらかった。

アントワーヌの励まし、どんな温かいことばも
その場しのぎの慰めにしか聞こえなくなっていた。
病院に行く気力さえ、もうなかった。


母とアントワーヌは
そんなわたしを見てクリニックにひきずっていってくれた。

先生はこういった。

「あなたは家事や身の回りのことはひどく出来ないけれど
 そのぶん仕事でのがんばりは飛び抜けているんです。
 寝る間も惜しい、何日も寝てないなんていうのはふつうじゃない。

 ふつうのひとは六角形であらわすならきれいな六角形で
 でもあなたの場合はこんなふうなんです。
 (とトンガリとヘッコミが極端にでこぼこな星形をペンで書く)
 そして、病気によってそれが縮んでこんな風になっている。
 (ときゅうっとちぢこまったちっちゃなでこぼこを星形の中に書く)

 これをきれいな六角形にすることが治療ではないとぼくは思うんです。
 本来の○○さん、つまりこの形(大きな星形を指す)に
 もどしていってあげることが治療なんです。

 アーティストであることが悪いとはぼくは思わないんです。
 今まではどうにかふつうにしようとがんばってたと思うけど、
 ヘタに家事をしようなんて思わないほうがいいよ。
 突き抜けちゃってる○○さんが本来の○○さんなんだから、
 どーんと突き抜けちゃった方がいいんだよ。

 お母さんや娘さんはね、この六角形なんですよ。
 だから、○○さんのでこぼこが理解できないの。
 でもそれは、それぞれの生き方なんだから、
 お互い理解できなくて当たり前なんです。

 いっしょに暮らしていなくて体調がいいのなら、
 それが本来の姿なのかもしれないんだから
 別々に暮らすっていうのもありなんじゃないかなぁ。

 ○○さんが好きなことで突き抜けちゃって
 それが結果になったとき、やっと納得するんだと思いますよ。」


この先生のことばには本当に救われた。
だから、もし同じようにまわりと合わせられず悩んでるひと、
自己否定しているひとがいたら読んでほしいと思って書いた。

ずっと苦しんできたことが
わたしにとってはふつうのことだったんだ、って思えたから。
一生懸命、まわりの「ふつう」に合わせようとして
無理に自分を変えようとしてきたんだって思う。

こういっても、「ふつう」のひとたちには
「甘えている」ようにしか聞こえないのだろうか。


でももう、そんなのどうでもいい。
先生と、少なくともアントワーヌは理解してくれている。
涙が止まらなくなるくらい、心にしみた。

わたしが仕事に夢中のとき、家事や片づけをやってくれる。
自分も働いているのに、わたしを100%助けてくれている。
打ち合わせ合宿でばたばた動いているときも、
買い出しに行ったりコーヒーを煎れてくれたり、
本当にアントワーヌには感謝してもしきれない。

今までやってきてくれたぽってぃんにも母親にもそうだ。
申し訳ないと後ろめたい気もちばかりだったから
感謝の気もちを忘れていたんじゃないかなぁ。


今は仕事もガンガン進んでいる。
苦痛でもなんでもないし、外にも出かけられるようになった。

また、でこぼこだらけだけどもとの自分を取り戻せるかもしれない。
突き抜けて、結果を出して、それから・・・
いつかみんなに恩返しするんだ。

vendredi 14 septembre 2007

ごめんね

最近の日記は、こころの病気とかそんなのばっかで
暗くて重いッスね・・・

でも、あんまりともだちに負のパワーを送りたくなくて
実生活ではなるべく口にしないようにしてるの。

ぽってぃんには負担かけられないし、
母親とは正直、もっと凹むことになるから
あまり話したくない。


アンちゃんには話したり、不安でたまらないとき
つい泣きながら電話しちゃうんだけど、
「仕事の時に泣かれても困っちゃうよ」っていわれたり
いたってあたりまえの反応なんだけど
そんなときはひとりで理由のない不安で泣いてる。

状態のいいときに話したくても、となりにはいないから
国際電話だけど、なかなか伝わらない。
心理学や精神科の専門用語とか犯罪とか裁判の話だから、
フランス語でどう言えばいいのかもわからない。


会ったときにパニック発作とかになると
アンちゃんが心配しちゃって泣いちゃったりするから
逆にわたしがなぐさめることに・・・

「なんだ、これ?」って思ったりするけど
でもこれって、案外いい作戦なのかもしれない。


ここにしか、ぶっちゃける場がないんです。


読んでくださってるみなさん、ごめんね。
ここは今わたしのはけ口になっちゃってます。

負のパワーをまきちらす趣味はないので流してください。
早くフランスからお便りできることを祈って・・・

どこへの片道切符なんだろう

最近バイオリズムの振り幅広すぎだよ・・・

たぶんここ数日は、こんな話しかできないだろうから


先月から、ものすごい情緒不安定で
クリニックが2週間 or ひと月に1回だったのが
週1になりました。

その頃から何度も入院をすすめられてるのだけど
もう入院はしたくない。

あれは刑務所なみだもん、
ムショ帰りのオッちゃんにいわせればもっとひどいって。


でも、一時期のヒドイうつ病とはぜんぜんちがうし
先生に率直に聞いてみた。

「うつじゃないんですよね?」って。

だって、もう10年近くこんな状態つづいてるんです。

治った!
ふつうのことができる!
新しい仕事見つけたし元気元気♪

と思ってたらまた、ドーンって。

  「鬱状態とか鬱病ではないよね。
   ○○さんのはね、適応障害ですね。
   今のところ乖離は出ていないけどね。」

適応障害?

聞いたことあるけどなんだかよく分からない。

  「鬱っていうのはね、ずうーっとこんな状態が・・・」

先生:手を下のほうですべらせるようなジェスチャー

  「つづいてるんです。
   適応障害っていうのはね、○○さんみたいに
   好きなことにはすっごく集中できるんだけどね、
   ちょっとしたことでガクンッとなっちゃったりね。

   過剰に反応しちゃうんです。」


どういうものなのか、どうすれば治るのか教えてもらいました。

環境の変化とか、つらいことがあったときとか
たとえば離婚とかだれかの死とか、引っ越しとか転職とか、
犯罪に巻き込まれるとか、裁判とか、倒産とか、
失業とか経済的困難とか子離れとか。

悪いことばっかりじゃなくて結婚とかも・・・
ってこれ全部、経験してるんですけど。

そういうのがあったときに適応できなくて
社会生活ができなくなっちゃうらしい。


普通は小さいときとか若いころにかかるから
カウンセリングとかで数ヶ月で治るらしいんだけど。
ちょっといろいろ重なりすぎたし放置しすぎたしね。

で、今は先生からみて精神状態が
薬を MAX に出してもいいくらい悪いのだそう。

だから、そんなときにカウンセリングや行動療法しても
意味がないと思うから、とにかくとにかく
穏やかに暮らすようにいわれたんだけど、
どうしたら穏やかに暮らせるのか、よく分からない。


でも、これでわかった。

ぜんぶぜんぶ、そっからきてるんだ。

摂食障害も、不眠も、過敏性腸症候群も、急な差し込みも、
自律神経失調症も、おねしょも、破壊衝動や暴力も
(数年前、車のフロントガラスを踵落としで、
 防犯用強化ガラスを突進して頭突きで割りました)
ひきこもりも、仕事のサボリ・遅刻・果てはドタキャンも・・・

うつ病もそこからきたみたいです。
で、あまりにもキャパを越えると乖離しちゃうそう。


だいたいのひとは、そういうストレスにも打ち勝てるのに
思いこみの激しいひと、そして自分に否定的なひと、
コミュニケーションがうまくできない、円満にできない、
社会性に乏しいひとが陥りやすいそう。

鼓膜がやぶれるほど耳が痛い。


以前、風水師のおじさま

「あなたは、普通の人間ならばさやにしまっている刀を、
 ぎんぎんに研ぎ澄まして、しかも、高く振りかざして歩いている。」

っていうのはそういうことだったんだろうか。


そんなときに、おじいちゃんのことを思いだしました。

つづく・・・。


P.S. さっきまでひとり眠れなくて不安で大泣きしてたのに
  ここに書いたら誰かに聞いてもらってるみたいで
  すっかりおちつきました。どうもありがとうございました。

lundi 10 septembre 2007

男はヤリ逃げだ。

ぽってぃんが、まだ赤ん坊だったある夜のこと。

眠っていたら、誰かがわたしの上に乗っかってきた。
「パパ?」

そのころの旦那は帰りがいつも3時4時で、
わたしたちは先に寝ていたので、帰ってきた旦那が
ふざけてのしかかったのかと思った。

目を開けてみたら、バンダナで覆面をした知らない男だった。

夏の夜だった。
クーラーがなかったので、網戸のままで寝ていた。

一瞬意味がわからなかった。真っ白になった。
となりにはまだ歩くことすらできない娘が寝ている。
恐怖のどん底だった。


男はわたしの口を手でふさいだまま、小さな声で
「赤ん坊を殺されたくなかったら、おとなしくしろ。
 外には見張りもいる。」
といった。

体が硬直して動かなかった。
涙が流れた。

「いま生理なんです・・・」とワケの分からない嘘をついた。
精一杯の抵抗だった。
それでも男はやめなかった。
涙が流れた。
声を出せば娘が殺される。
恐怖しかなかった。


男は自分のモノを無理矢理突っ込もうとしたが
そんな状態のわたしにうまくいくわけもない。

何度か試したあと、舌打ちしながら、男は去った。


震える指で、110番した。
しばらくしてから、お巡りさんがふたり来た。
「またか。」とめんどくさそうにいった。

怖いからひとりにしないでくれ、と頼んだが、
それは仕事じゃないとつっぱねられた。

旦那の仕事場は歩けば30分はかかる。
パトカーに乗せていってもらえないか食い下がったけれど、
「うちはタクシーじゃないからねぇ。」と断られた。

裸足で、娘を抱いて、夜道をとぼとぼ歩いてた。
急に車がきて、わたしの横に止まった。
心臓が飛び出そうだった。

よく見ると、さっきのお巡りさんたちだった。


旦那の仕事場に着くと、うちの車が止まっていて、
店には明かりがついていた。
でも、中には誰もいない。
ガチャガチャやっても、ドアも通用口もカギがかかっていた。

しかたなく、泣きながら娘を抱えてひきかえした。


眠れるわけもなく、家中のカギをしっかり閉めて、
旦那の帰りを待った。
心細くて、怖くて、永遠みたいに長かった。

やっと帰ってきた旦那は
すがる思いで話すわたしの一部始終を聞いたあと、
薄ら笑いを浮かべながらこうたずねた。

   「どうだった?」

絶望的だった。

ついこないだ、ふと思った。
あれは旦那が仕組んだのかもしれない。
それならすべてのつじつまが合う。


次の日、現場検証があった。
大勢の警官が、どかどか狭いアパートに入ってきた。

その間にも、担当の刑事のところには2〜3度、
携帯電話に強姦の通報があった。
「この辺、最近多くてね。」といっていた。

そのあと、事情聴取で何度も同じことをいわされた。
屈辱だった。
性的な事件になると、いつでも女は辛酸をなめさせられる。
おかしいじゃないか。

看護婦でなく看護師と呼ばなくちゃいけない、
なんて決める前に、もっと重要で根本的なことがあると思う。
制度が変わっても、男と女の体のしくみは普遍的なものだから
だまって飲み込むしかないのだろうか。
男はただ逃げて、何の痛みもない。
そんな世の中でいいのか、フニャチン野郎ども。


そのときのシーツやパジャマは全部、
朝の生ゴミで出してしまったから証拠がなかった。
戸締まりをしていなかったことも責められた。

わたしはその日娘と実家に帰り、
すこし落ちついたころにすぐ引っ越しの準備を始めた。

引っ越しの準備も、旦那は仕事だったから、朝から夜中まで
カギを閉めきった蒸し風呂のような家の中でひとりでやった。
それでも一刻でも早くこんな場所から立ち去りたかった。

雨戸もないようなアパートだったから、
その間にも3回、のぞきがあった。
ことばにはできない恐怖だった。


その後、夫とは例のことで別れたけれど、
本当に男はずるいと思った。

そして病気がきっかけで、
わたしは正常な性的関係がもてなくなってしまった。


アンちゃんとも、無理だ。
最初はだいじょうぶだったのに。

でも一旦我に返ってしまうと、
盛りのついて手に負えない動物にしか見えなくなってしまう。
汚らわしくて、卑しいことに思えてしまう。

昼間は手をつないでもへいきなのに、
ひどいときには、夜になると触れられるのもいや。
もちろんいっしょのふとんで寝るのだけれど、
服と服がこすれただけで、ビクッとしてしまう。

それだけじゃない。
寝ているときでも起きているときでも、
すこしでも物音がすると跳ね上がってしまう。


だから、アンちゃんとは、つき合っている3年近くの間、
そういう経験は指で数えられるくらいしかない。

真剣に話しても、分かってもらえない。
彼自身のせいだと思いこんでしまう。
それもわかっているし、
1年に3回しか会えないのに男だからつらいのもわかる。

そうじゃない、そうじゃないのに。


そんな話し合いをくり返すたびに、重くて陰気な空気が流れる。
もう、どうしてできないのかを話すのも疲れた。
無理に合わせて、あとで大泣きしたこともある。

ただいっしょにいるだけで、それだけでいいのに。
そうしたら、全部うまくいくのに。

jeudi 6 septembre 2007

ありがとう

疲れちゃったな
呼吸もやめちゃいたいくらいだな

でも
こんな汚い家と借金はおいてけないから
お片づけしないとね


生きようとしてるのに
命を奪われるひとが数え切れないくらいいて

命がまだのこってるのに
自分で捨てちゃうひともたくさんいて

どうしてかな


もうなんにもなくなっちゃえばいい
まわりにだれもいなくなっちゃえばいい
って思ってるのに

そんなときでも
立つ鳥跡を濁さず なんてことばが頭からはなれない


後片づけしてればそのうち
また見つかるのかな


ぽってぃん
こんな出来の悪い母親でごめんね

でもあなたは
こんなどーしようもないママから生まれてきたけど
ぜったい駄目人間じゃないよ

ママのところに生まれてきてくれてほんとにありがとう

爪痕。

彼女は例の事件で、日常生活もなかなかうまくできない。
クリニックで PTSD と診断された。

それなのに、そんなことには負けたくないといって
勉強もお手伝いもがんばっていた。

すごくがんばって、がんばりすぎて・・・。

カウンセリングを受ける必要があるらしいけれど
予約はいっぱい、ことがことなだけに早急にとお願いしたけれど
例外は認められないらしい。

みんな苦しくてカウンセリングを受けるんだから、
それもそうだよな、と思っておとなしく待つことにした。


しばらく実家に避難していたから、
両親の理解と協力も必要だと思って打ち明けた。
PTSD に対する理解の本も目をとおすようにお願いした。

ぽってぃんもいっしょうけんめいお手伝いしていたし、
勉強だってしてた。怒られるので、朝もがんばっていた。

それを見たら、もう治ったと思ったのだろうか。
母親も、娘と孫をかかえて相当疲れていたんだと思う。

ある日、母親との些細なケンカで
「あんたは何かっていえば本を見せたり病名をいったり、
 これ以上何を要求するの!?」
といわれた。そんなつもりじゃまったくなかったのに。

ぽってぃんとわたし、ふたりぼっちだと思った。


そんな中でも自分の人生を守ろうとしている
相手がほんとうに許せない。

本人もそんな相手のようすを見て訴えると決めた。
刑事事件にしようと警察にも通って準備してきたけれど
ここにきて、夏休みも返上してずっと闘ってきて、
やっと気もちも落ちついてきてすこしずつ忘れはじめたのに
もうくり返し調書や実況検分に立ち会うのは辛いということで
そして精神科医のすすめもあって、断念した。

ほんとうはわたしが殺したいくらいだ。
わたしがずっと気づけなかったせいもあるのだから、相討ちだ。

よく考えたけれど、これ以上のことになって
殺人犯の娘としてぽってぃんを苦しめるわけにはいかない。

でも、来世では確実に殺す。
地獄に堕ちてもいい。


最初はこんなプライベートなことは書くつもりじゃなかったけど、
告発したい。だから敢えて書くことにした。


なんて書いている矢先に、ぽってぃんとケンカになってしまった。

彼女がほかのご家庭に迷惑がかかるような
ふつうは非常識な要求をしてきたのが原因だったけど、
最初は彼女の気もちが安らぐのならといろんな打開策をあげてみた。

ところが、いいよといっても納得できないようだし、
それじゃダメだと理由を説明したら、
大声を上げて泣き出してしまった・・・。

あとはわたしを振り払ってふとんの中でうずくまるだけ。
こうなってしまうと、彼女はてこでも動かない。

実の親子でも、理解し合うのってむずかしい。


そのあと最終手段で、わたしの心の闇をちょっぴり打ち明けてみた。
いつも、話してくれるのはそんなときだからだ。

彼女はぴたっと泣きやんで、ふとんから出てきて
「ママもそうなの?」といいながら、
自分の思いをぶちまけはじめた。

彼女の正直な気持ちを聞けて、すこしホッとした。
でも・・・。

いつまでもこんな悪循環な方法を使うわけにはいかない。
もう他人の闇まで彼女に負わせたくない。
これじゃ、ずってぃんのことばに応えてないじゃないか。


わたしにできることは何でもやろうと誓ったのに、
自分が似たものを抱えているくせに、
早くも PTSD とどう向き合えばいいのか途方にくれている。

lundi 20 août 2007

ポジティヴ

二十歳になったばかりのころ
自分の心のあり方で悩んでいたときに読んだ本に
こんなことが書いてありました。

「わたしたちの身の回りに起こる出来事は
 宇宙のエネルギーにとってはすべてニュートラルである。
 それをマイナスととらえるか、プラスのエネルギーにするかは
 わたしたちの心が決めていることなのだ。」

文面はこんなではなかったかもしれません、
もう20年近く前のことですから。
ただその意味は、深くわたしの心に刻まれました。


今まで自分の過去に後悔をしたことがなかったのもそのおかげです。
どんな悪いことが重なっても、次への教訓だとか試練だとか、
そういうことのおかげで今の自分があると信じていました。

それを知り合いに話したとき、
「だったら、自分の子どもの命がなくなったとき、
 いい経験だった、次へのステップだ、と思えるのか?」
と問われたのが10年ほど前。
わたしは答えることができませんでした。


そして今、幸い命は奪われなかったものの、
娘をそんな状況に追い込んでしまいました。
一生向き合っていかなければならない傷を残してしまいました。
後悔してもしても一生しつづけても足りないくらい後悔しています。

彼女は強いです。
そんな中でも新しい自分を生きていくために、
今までの何倍も何倍も素直に、正直に、優しく、
弱音も吐かずにがんばっています。

彼女がつまづきそうなとき、せめていつでもとなりにいられるように
それくらいしかできないけれど、わたしも強くならなければ。


ここから長く厳しい道のりが待っています。
今までわたしが勝手なことばかりつづけてきた代償です。

そんなときでも娘の存在に救われている自分が情けないけど
もう消えたいとか死にたいとか思うことは2度とないだろうと思います。

lundi 28 août 2006

トンネル。

今・・・
結婚することの意味を失いかけています

家族ってなんなのか
娘と離れて暮らすほどの意味があるのか

彼女は今好き勝手に自分の人生を謳歌していて
お互い話す時間もなくて

なんだかみんなとすれちがい気味・・・


子供を産むならもうそろそろ限界
そんなこと考えて焦っていたのかな


今 わたしがやっていること
やろうとしていることすべての意味が分からない
生きることの意味さえ見失いかけている・・・

ただ単に
生きることがめんどくさいとか
そういうことなのかもしれないけど

また
ぜんぶぜんぶ白紙に戻そうとしてる自分がいる

mercredi 5 juillet 2006

失格。

どうしてこう、やっとはい上がったと思ったら、
もぐらたたきのもぐらみたいに、ガコンッと中に押し戻されるんだろ。

すこしのあいだはまた立ち上がっていられたのに、
きのう聞いたともだちのことで、死について考えてしまいました。

抱えてないでここに書いたらまた、正面から向き合えるのかな。
また、とても暗い日記なので、スルーしてください・・・


最近までずっと、あるとても大切な人のことで悩んでいました。
しばらくここになにも書けなかったのもそのためです。

そのひとはある日突然、ふとこの世からいなくなりたくなる、
とわたしに打ち明けてくれました。

ここから飛び降りてみようかな、という気もちにおそわれたり、
どうやったら楽にいなくなれるのか、そればかり考えてしまう、と。
わたしと同じように・・・。

自分がイヤで、人生をやり直したくなってしまう。
リセットボタンがあったら、すぐにでも押してしまいたい。

だから、考えないように、考える時間がないように、
なにもしないと考えてしまうから、そういう時間がないように、
いろんないろんなことをやっていたのだそうです。


それは偶然にも、そのひとについての記事を書いたその夜でした。
わたしは、いちばん近い存在なのに、気づくことができなかった。
いちばん大切な存在だったのに、大きな思いちがいをして、
それで平気であんな記事を書いていました。


そのひとは、こころの中をたぶんすべて打ち明けてくれました。
お父さんと一緒にキャッチボールをしている子どもたちを見ると、
とてもうらやましくて悲しくなってしまうこと、
本当はお父さんが欲しくてたまらないこと。

ずっとつづけていた習い事をやめたいこと、
いつもそれにしばられて、怒られるのが怖いこと、
いつもそれについて考えてしまって身動きがとれないこと、
ともだちや家族との旅行も断らなくちゃいけないのがつらいこと。
いまでは、ほんとうにそれが好きなのか、
やりたいのかわからなくなってしまったこと、
それをみんなに申し訳ないと思ってしまうこと。

そして、わたしにでさえ頼れないこと。
そのひとにとって、わたしは「こわれもの」なのだそうです。
だから、こわさないように、いつもいつも気をつかっていたこと。
こわれてほしくなかったから、いつもいつも心配だったこと。
だから、自分の問題は自分で解決しようと、
そのひとのこころはふくれあがっていたんだと思います。


なんでもっと、もっともっと早く気づくことができなかったんだろう。
そこまで追いつめてしまっていたなんて。
そのひとは、絶対に SOS をだしていたはずなのに。
逆にわたしが、そんなふうに心配されていたなんて。
もう自己嫌悪なんて通り過ぎて、放心状態でした。

唯一救われたのは、いざ飛び降りようとしても、
「わたしはまだ生きていたい」「死にたくない」と、
最後の1歩を踏み出すことができなかった、
とそのひとがおしえてくれたこと。

「生きたい」という気もちをそのひとがもっていてくれるかぎり、
また最初からやり直すチャンスはあると思いました。
そして、その気もちをわたしにはなしてくれただけ、
まだ救われている、まだ猶予を与えられているような気がしました。


しばらくぬけがらみたいになってましたが、いまは
わたしが悩んでいてもそのひとをますます苦しめるだけなので、
こんなわたしでも気が張って、ちょっとは強くいられる気がします。

いまそのひとは、1日にあったことを
おもしろおかしく全部話してくれるので、楽しく過ごしていますが、
こころにそんな闇を抱えていると思うと心配でなりません。


正直いって、はち切れる寸前の風船みたいです。

やりきれない。

きのう、すごくひさしぶりに、
入院してたときのともだちから電話がかかってきた。

ある共通のともだちが亡くなったそう。。。
かなりショックでした。

なんども自殺未遂をくり返して、
包丁を頭に刺しちゃうようなクレイジーな男の子だったけど、
根は楽しくていいヤツだった・・・


さんざんストーカーされて、
目の前で自虐行為されたりあてつけに事件を起こされたり、
精神的にかなり参ったことも一時期あったけど、
それでもなんども話して、結局はいいともだちになれただけに、
なんでそんな・・・って悔やまれてなりません。

今までの自分をリセットしてがんばろう、と
約束してお互い病院を出たのに、就職もしてがんばってたのに、
また自殺を企てたの?と途方もなく悲しくなったけど、
ちがうらしい・・・

お酒の飲み過ぎで頭の血管が切れてしまったようです。
去年のことだったそう。やりきれません。

「ストーカー事件」のことがあったから気をつかって、
連絡もよこさなくなった彼。
最後の電話でも、なぜか始終敬語だった。
もっとこっちから連絡すればよかった・・・と今さら後悔。


今まで彼の人生はほんとうに苦労だらけだった。
それなのに、お酒におぼれてしまったからとはいえ、
本当に本当にやりきれない。

身内もなく、天涯孤独だった彼に、
人生のおわりを見届けてくれたひとはいたのだろうか。


人の死ってなんなんだろう。
人生ってなんなんだろう。
この病気って、なんなんだろう・・・


なんか支離滅裂な文章ですいません。
書くことで、自分の気持ちが整理できるような気がして・・・

いただいているコメントへのお返事、もうすこし待っててください。

mardi 20 juin 2006

欠食児童。

おひさしぶりです!
ずっとへこんでました♪♪♪

どんどん自分がちいさくなってくのがわかるんだもの。

だから、精神的な防衛策として、
しばらくのあいだ体重計にものらず、鏡の前にも立たず。


だけど、こないだクリニックに行ったとき、
新しく担当になった先生がわたしを見て第一声、

「太るのがこわいんですか?」

ぎょっとしました。
そんなにやつれてますかー!?

何キロかと聞かれ、「計ってません」と答えたんだけど、
「食欲の出る薬」なんてものを処方され、
しかたないので体重計にのってみた。

体重が、34キロ切ってしまってた・・・
まえのときには、32キロで入院させられたので、
ほんとにほんとに怖かった・・・


鏡の前にも立ってみた。
またまたぎょっとしました。
ヘタなB級ホラーより恐ろしい!!

どうみても、「さらにいしだあゆみ」(比較級)にしか見えない・・・


でも、さっき計ったら、34.5キロに増えてた!
それでも欠食児童なみのこの体重・・・

ふつうの摂食障害とちがって、
「太ること」がこわいんじゃなくて、
「食べる」という行為そのものがこわくなったり、そうすると、
「食べなきゃイケナイ」ってごはんつくるのもめんどくさかったり。


「おいしいものを、おなかいっぱい食べて、しあわせ〜♪♪♪」
っていう気持ちはどこにいっちゃったんだろう。

dimanche 7 mai 2006

風・・・

風がすすり泣いてる

あっちでも こっちでも
ぼくも わたしもって
悲しいものどうし なぐさめあってるのかな

たまに 大声をあげるのもいる
泣きながら あばれまわるのもいる

そして
バババババン と窓ガラスをたたきながら
いちばん大きな風が怒る
みんな 泣いてばっかりだから怒る

真っ暗な中 こわくて涙が出てくる
ちいさい頃を思いだして
そしてみんな ちょっとだけしいんとなる

でも すぐにまた すすり泣きがはじまる
あっちでも こっちでも
ぼくも わたしもって

dimanche 23 avril 2006

しあわせの天女さま。

みなさん、いっぱいいっぱい励ましてくれて、
本当にどうもありがとう!!!

たくさんの元気とやさしさ、もらいました。
もうだいじょうぶ。
本当にみなさんのおかげです。
ブログやってて、本当によかった・・・♪

で、ちょっとしたお礼をみなさまに。


Ami ちゃん Mika ちゃん、どうもありがとう。
この写真が天女さまです。

見たひとは幸せになれるんだって。

最初はおもしろがって騒いだりしたら消えちゃうんじゃないかと
勝手に思って「興味本位で行かないで」みたいなこと
ここで書いちゃったんだけど、しあわせになれるんだったら、
みんなでしあわせになろうじゃないか!


この写真が撮れたいきさつについて知りたいかたは、
Ami ちゃんのブログの記事でどうぞ♪

(Ami ちゃんがびっくりしないように、
 訪れたことコメント残してもらえたらうれしいです)

Ami ちゃん Mika ちゃん、
もう一度、大切な写真をほんとうにどうもありがとう。


そしてみなさん、あたたかいコメントほんとうにほんとうに
感謝と感激でいっぱいです!!!

Merci du fond du coeur !!!

・・・。

ごめんなさい。

コメントへのお返事もできず、
このところいいことがつづきすぎて興奮しすぎたのか、
また堕ちてます。

いつも、ともだちが来てくれたり、
いろんなうれしいことがあってバカ騒ぎしたあとは、
その反動が大きすぎて、どーん、と堕ちるのはわかってたのに・・・


なにもしないでいるといけないことを考えてしまいそうで、
フランス語のブログのほうでいろいろやったりして
何とかしのいでます。

フランス語にふれているあいだは本当に無になれるから。


摂食障害もまた始まってしまったし、
なにもしてないと、またふと、いなくなっちゃいたくなる。
どうしてだろう・・・。

ここで素敵なお友だちもたくさんできて、
ぽってぃんとも前より全然素直に話せるようになって、
アントワーヌくんへの愛も再確認できて、
それなのに・・・。
もういや。
涙が止まりません。


頂いたコメントへのお返事は、必ずします。
もうすこし待っててくださいね。
ごめんなさい。

KiKi

dimanche 2 avril 2006

37キロきった・・・

今日は朝の8時頃からひどいサシコミが・・・

最近食べれるようにはなったけど、
せっかく食べてもほんと、すぐ水のように流れてっちゃうんだから(失礼)
意味ないような気がする。

水のようなウ○コ、つづくこと早1ヶ月。
なんか、2002年のあの恐怖が蘇ります。

おなかの中も産婦人科もぜーんぶ調べてもらったけど
なんでもなかったんだもの、あのとき・・・。

おそるおそる体重計にのってみました。
37キロきってた・・・そろそろヤバイ。
そろそろ本気で手を打たないと。


でも、胃腸薬も毎日飲んでるし・・・どうしましょう♪

mercredi 29 mars 2006

ひとりでできるもん!

おととい、ごはんを作りました。
きのう、コンビニに買い物に行って、皿洗いをしました。
今日は、洗濯をしました。
最近、ごはんも食べられるようになりました。

あたりまえのことだけど、それができたのがすごく嬉しい。


あはは、ばかみたーい!
小学生の絵日記じゃないんだから・・・

samedi 18 mars 2006

本当のわたし。

今まで、わたしの病気のことやこころの闇なんかは
もうひとつのブログに書いてきました。

なぜずっとこんな長くて暗いトンネルの中にいるのか、
そこから出ようとしてもあり地獄みたいに出られないのか、
今日はがんばれた!と思ったら次の日にどーんと落ちるのか、
自分でももう全然わからなくなっている。

それで、自分を見つめ直すためにも、
原因を探るためにも、問題と向き合うためにも、
ドクターに日記を書いてみるように勧められたからです。


でも、書いているうちに、

「なんで自分の気持ちによって、同じ自分のブログなのに
 書く場所を変えないといけないんだろう?」

「なんでここでは本当の自分を隠してるんだろう?」

「なんで場所によってちがう自分を出さなくちゃいけないんだろう?」

って、すごく疑問に思っちゃった。


はじめは、ここでフランスに移住したり、お店を開いたり、
前向きで楽しい(?)話を待っていてくださるみなさんに、
そんな暗い自分のこころの中を書いてもしょうがないし、
そんなことあまり公共の場で話すものでもないかな、って
想いがあったのだけど、今はとても矛盾を感じていて・・・


だから、もうそのブログはなくしてしまって、
ここに思ったこと全部書くことにしました。

だって、そうじゃないと、自分にウソついて、
ますます別々の自分ができちゃいそうで。


だから、たぶんこれからいろんなわたしが出てくると思います。
ごめんなさい。

それでも読み続けてくださる方たち、本当にありがとう。

へこむなぁ・・・

今日はひさびさにママともだちの M ちゃんから電話があった。

彼女はずっと明るく笑い飛ばしてたけど、
内容はかなり深刻だった。

旦那さんが、どうしたって「ありえない」男なんだもん。
ぜーんぜんそんな器じゃないのに、
カンペキ「亭主関白」を気取りたいらしい。

「女はおとなしく家のことやって、男を立ててればいい」だって!!!
聞いてるこっちが刺してやりたくなるっつーの!


生活費は4万円きっかりしかもらえないし、
部屋のもようがえすら勝手にできないんだって。

働くのも禁止されてたから、お金も使えないし、
彼女はオシャレ大好きなきれいな子だったのに、
好きな洋服すら買えないらしい。

それどころか、スカートなんてはいたもんなら大変!
ほかの男の目を気にしてるんじゃないかって責められるらしい。

彼女には、勝手な外出は許さないクセに、
休みの日は何かしらに腹立てて、ぷいっといなくなるらしい。
こどもたちも彼女もそっちのけで、夜遅くまで帰ってこないんだって。
M ちゃん、イイ女なのに本当にもったいない。


よく我慢できるなーと感心しちゃった・・・。
彼女も、一時病院通いだったみたいだけど。

世の中って、男と女って、こんなもんなのかなぁ。
なんか、やるせない。


ひとごとなのに、またへこむ・・・。
今日も Amazon の納品にいけなかった。
またクレームが来ちゃうな。

もっとどつぼになりそうだから、もう寝ようかなあ。

mercredi 15 mars 2006

今日はひさびさにちょっとお出かけ。

・・・っていっても近所の郵便局なんだけど。

でも、一歩前進!
今までは、歩いて1分の郵便局にも行けず
母親に理由をつけてはきてもらって、
帰るついでにお願い!なんて甘えてたんだけど・・・

そうそう母にばかり負担かけられないし、
大切なお友だちへの小包だったので、
(ふつう母が無理なら集荷頼んじゃうけど)
自分の足で出しに行きました。

ちょっといい気分。


でも、その先のスーパーまで・・・とも思ったけど、
やっぱりしんどくて帰って来ちゃいました。
ま、いっか。

jeudi 9 mars 2006

夢だったフランス移住。

もうすぐ、ずっと夢だったフランスに行きます
結婚するからです

娘にもやっと「パパ」ができます
娘は「パパともともだちとも思えない。ただの同居人」といいます
悲しい・・・

そっか 娘にとってわたしの結婚は
行きたくもないフランスに住まなくちゃいけなくて
ただの「同居人」がひとりふえる
それだけのこと
幸せなことではないらしい
また彼女を不幸にしてしまうのかな

今はやっと分かってもらえるようになったけど
性欲がない、ううん、恐怖ですらある
そのことを彼に理解してもらえなかったときから
結婚もフランス行きも躊躇しちゃった

だから、本当は4月に行く予定だったのに
まだなにひとつ準備してない

そのプレッシャーでこんなに体調が悪いのかな?


自分でも、自分の気持ちがよく分かんなくなっちゃった・・・

なんでこの世にいるのか
なにが幸せでなにが不幸せなのか
どうしたいのか
自分が誰なのか

わからない・・・

薬飲みたくない。

薬飲みたくない

薬飲んでも調子悪いし、
眠くなるだけなんだもん

無力じゃんあたし
こんなのも治す力ないなんて
何年こんなこと続けてんのさ

治ったと喜んでも
またおなじことの繰り返し
毎日毎日

がんばるだけがんばったら
ぷちんとスイッチが切れる

なんでだろう
なんでみんなみたいにがんばれないんだろう

jeudi 2 mars 2006

いなくなりたい。

べつになんの問題もなくても
なにも困ってなくても
ふと「この世からいなくなってしまいたい」
そんな考えにとらわれてしまうときが
たまにやってくる

どんなふうにしたらいちばん楽に死ねるだろうって
いろんな方法を考えてる自分がいる

どうしてなんだろう
どうして自分のこと
ありのままで受け入れてあげられないんだろう

「自分のこともっと愛してあげなよ」
「自分しか愛せるひとはいないんだから」
みんなそうやっていうけど
いうのは簡単だけど
わかってるけど
それができないから今日もこうしている

きっとこれは病気なんかじゃなくて
わたしの思考がイカレてるんだろう

そしてまた自分を消す方法を考えてる・・・

dimanche 26 février 2006

いい気分。

きのうクリニックに行ってきました。

久しぶりに先生としゃべって、安心したのか
泣いてしまった・・・。

ていうか、先生の前だと、
いつも子どもみたいになって泣いちゃうんだけど。
あー、わたしの辛いこととかストレスとか、
いちばん分かってくれてるなぁって思っちゃう。
だからあの先生、すごく人気があるんだろうな。

みんなのウツな気分や悩みばっかり優しく聞いてて
先生は自分が病気にならないのかしらって思っちゃう。


だいぶ前に、なんとなく先生の薬指に指輪があるか確かめちゃった♪
ばかですね。ちっともタイプではないんだけど。

こんなこと書けるなん