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アントワヌくんの場合 アーカイブ

lundi 14 avril 2008

やっと。

重い腰を上げてお引っ越しの準備を始めている KiKi です。

アントワヌくんとは約6ヶ月間共同生活をしました。
いっしょにいるときはウザイと思ったりしたもんだけど
やっぱりひとりこの家に残されると
大切な時間だったんだなぁ・・・と実感。

その間にもパリでは
「こんな男とはやってけない!」なんてことだらけだった。

「トイレでどうやって拭いてるの?」
「はぁ?!」
「キミがきてからトイレットペーパーの減りが異常に早いんだよね」
(えっと・・・女性がどんだけ奥まってるのか知ってんの?)

とかね。
そんなの氷山の一角で。

でも日本では、働いてるのに家事やってくれたり
おそうじとか洗いものとかね。

それで困って淋しい分けじゃないんだけど・・・
(ちょっとはあったりするけど)

ひろい布団でひとりで寝たりすると実感する。
ああ、ぬくもりがあったんだなぁって。

これはさっさと片づけてとっととフランス行くしかないな。

jeudi 20 décembre 2007

ぽってぃんの家出。

ぽってぃんが家出してから、もうひと月以上になる。

フランスに行っていた期間も合わせれば、
もう2か月近くいっしょに暮らしていない。

ここになにも書けなかったのは、
そのあいだにいろいろなことがありすぎたから。

まさかわが家に家族崩壊の危機が訪れるとは。
わたしはずっと、まちがってたんだなって自分を責めてばかりで。


でもなぜか、体調はものすごくよくって・・・。
まだまだな部分もたくさんあるけど、
ほかのひとたちには「当たり前」にできていることが
ひとつひとつできるようになっていくのって、すごくうれしい。


それでも娘はいう。
社会人なんだから、当たり前のことをして威張るな、と。

それももっともだと思う。
彼女が出ていったのは、わたしが何もしなかったから。
出来なかったとはいえないんだろうな。

わたしといると疲れるのだそうだ。
そりゃそうだ。
本人が自分に振り回されて粉々になってるんだから
他人が耐えられるわけがない。
どれだけ心配や迷惑をかけてきたんだろうとおもうと
一生かけてもつぐなえない・・・想像もできないくらいだ。


もうそろそろ、本当にいなくなりたいと思った。
自分の産んだ娘に自分の存在を否定されることほど
つらいことはない。
つらいということばが大嫌いでも、心底つらかった。

アントワーヌの励まし、どんな温かいことばも
その場しのぎの慰めにしか聞こえなくなっていた。
病院に行く気力さえ、もうなかった。


母とアントワーヌは
そんなわたしを見てクリニックにひきずっていってくれた。

先生はこういった。

「あなたは家事や身の回りのことはひどく出来ないけれど
 そのぶん仕事でのがんばりは飛び抜けているんです。
 寝る間も惜しい、何日も寝てないなんていうのはふつうじゃない。

 ふつうのひとは六角形であらわすならきれいな六角形で
 でもあなたの場合はこんなふうなんです。
 (とトンガリとヘッコミが極端にでこぼこな星形をペンで書く)
 そして、病気によってそれが縮んでこんな風になっている。
 (ときゅうっとちぢこまったちっちゃなでこぼこを星形の中に書く)

 これをきれいな六角形にすることが治療ではないとぼくは思うんです。
 本来の○○さん、つまりこの形(大きな星形を指す)に
 もどしていってあげることが治療なんです。

 アーティストであることが悪いとはぼくは思わないんです。
 今まではどうにかふつうにしようとがんばってたと思うけど、
 ヘタに家事をしようなんて思わないほうがいいよ。
 突き抜けちゃってる○○さんが本来の○○さんなんだから、
 どーんと突き抜けちゃった方がいいんだよ。

 お母さんや娘さんはね、この六角形なんですよ。
 だから、○○さんのでこぼこが理解できないの。
 でもそれは、それぞれの生き方なんだから、
 お互い理解できなくて当たり前なんです。

 いっしょに暮らしていなくて体調がいいのなら、
 それが本来の姿なのかもしれないんだから
 別々に暮らすっていうのもありなんじゃないかなぁ。

 ○○さんが好きなことで突き抜けちゃって
 それが結果になったとき、やっと納得するんだと思いますよ。」


この先生のことばには本当に救われた。
だから、もし同じようにまわりと合わせられず悩んでるひと、
自己否定しているひとがいたら読んでほしいと思って書いた。

ずっと苦しんできたことが
わたしにとってはふつうのことだったんだ、って思えたから。
一生懸命、まわりの「ふつう」に合わせようとして
無理に自分を変えようとしてきたんだって思う。

こういっても、「ふつう」のひとたちには
「甘えている」ようにしか聞こえないのだろうか。


でももう、そんなのどうでもいい。
先生と、少なくともアントワーヌは理解してくれている。
涙が止まらなくなるくらい、心にしみた。

わたしが仕事に夢中のとき、家事や片づけをやってくれる。
自分も働いているのに、わたしを100%助けてくれている。
打ち合わせ合宿でばたばた動いているときも、
買い出しに行ったりコーヒーを煎れてくれたり、
本当にアントワーヌには感謝してもしきれない。

今までやってきてくれたぽってぃんにも母親にもそうだ。
申し訳ないと後ろめたい気もちばかりだったから
感謝の気もちを忘れていたんじゃないかなぁ。


今は仕事もガンガン進んでいる。
苦痛でもなんでもないし、外にも出かけられるようになった。

また、でこぼこだらけだけどもとの自分を取り戻せるかもしれない。
突き抜けて、結果を出して、それから・・・
いつかみんなに恩返しするんだ。

vendredi 21 septembre 2007

焼きニワトリ。

パリの日本語教室に通い始めて早3か月。
アンちゃんの日本語はめまぐるしく上達した。
月曜日が最後のレッスンなんだって。


まえは、正しいことなら
  「そうそうそうそう。」(Oui, oui.

知らなかったことなら
  「そっかそっか。」(フランス語なら Ah, bon ?

ぐらいしかいえなかったんだけど、
じゅうぶんにうちの家族の笑いをとってました♪

それで、もう最低限のことは、たどたどしいけれど
日本語でいえるようになったあんちゃんとぽってぃん、
最近電話がかかってきたときに日本語で話すの。

ある日、受話器のコチラで必死に笑いをこらえるぽってぃんに
電話が終わったあと、なにがそんなにおかしかったのかきいてみた。

  『「こんやは なにを たべましたか?」ってきいたら
   「“ヤキニワトリ”ヲ タベマシタ。」だって!!!!!』

焼き・・・ニワトリ?


どうやら "Poulet Roti"(ロースト・チキン)を食べたらしいのだけど
日本でいう「焼き鳥」(フランス語では "brochette")とは
ちがうってことは分かったから、いろいろ考えたあげく
「焼きニワトリ」といってみたらしい。


まあ、気持ちは分かるけど・・・。
そのうち「焼き牛」とかいいだすんじゃないかと楽しみです♪

vendredi 14 septembre 2007

アンちゃんが日本にくるよ!!

ひさびさに朗報です♪

アンちゃん、ワーホリ・ビザで
(フランス語では Visa Travail-Vacances ね)
10月に日本にくることが決定しました♪♪♪


9月末までは日本語学校だから
それが終わったらパリのアパートを引き払って、
やく半年、ぽってぃんの卒業まで日本に滞在してくれます。

そのあいだにみんなで民族大移動の準備、
いっしょにフランスに帰ります!!


っていってもね。
フランス、フランスって、よろこんでいるわけでもないんだ。

シーフードと海藻とネギ(ポワロでは代用できなかった!)は
わたしの食生活には不可欠だし、もっといえば
納豆と海苔と万能ネギとシソやミョウガ、にんにく、
(むこうでは生のニンニクが見つけられなかった・・・不思議。)
薬味は絶対はずせない。

もっともっといえば、おにぎりもインディカ米じゃ
おいしくないから、高くて少量パックの日本米買って
なんとか過ごしてたし・・・

いちばーん心配なのが食生活だな。


もちろん、両親も若くないから心配で
ずっとずっと、いまだに助けてもらっている分
両親が年をとったら力になりたいし、そばにいたい。
親離れできてないな。


なので、アンちゃんとは、結婚が決まったときの条件で
いまは経済的にも物理的にも無理だけど、
生活が安定したら、たとえば3年ごととかに
フランスに住んだり3年は日本に住んだりしたいっていった。

もちろん、アンちゃんを産んで育ててくれた
アンちゃんのご両親ともそばにいたいってのは同じだから
むずかしいけれどできるかぎりのことはしたいです。
アンちゃんの家族って、ものすごくあったかいんだもん。


だから、わーいわーい!ってフランスに行くわけじゃなくて。

最初はもちろん、「フランスに住める!」って下心もあったけど
現実をみてきて、そうじゃないんだって思った。


国際結婚ってめんどくさい。
いろんなしがらみとか、手続きとか。

だけど、アンちゃんもぽってぃんやわたしの家族と話したくて
日本語学校に通い始めたわけだし、わたしものらくらしてらんない!


うーん、やる気になってきた♪

そうそう、昨日、適応障害について調べてたら
ちょっと気になる記事を見つけたのでご紹介したいと思っています。

それじゃね!!!

mercredi 6 juin 2007

アンちゃん再来日!!!

えっと、忙しくてここに書けずにいたんだけど。

再来週の今日には、アンちゃんがとなりにいるのですーーー♪♪♪

9999km とおいもんなぁ・・・
我ながらよく長続きしてるよなぁ・・・

でもこのくらいの距離感のほうが
パラサイトなわたしにはあっているのかもしれません。

地球のウラッ側なんだから
なにされてもさほど気にならないし。
そんな色男じゃないけどね。


とりあえず、ご報告でした♪

samedi 2 juin 2007

テスト週間。

こんにちは♪

明日はいよいよ DELF の試験なので、バタバタしてます。
ていうか・・・ここ2週間、ずっとブログのお引っ越しに夢中で
ラジオ聞く以外にはなにひとつやってない!!!!!

もう明日だってさ・・・どうしよう。

DELF のぶん、この MovableType の本をあれこれ読みまくって
すっごく勉強してしまいました。
やっぱり、そのとき興味のあることしかできないようで。


アンちゃんはといえば、
実は、いっしょに書類審査まで受かった某ゲーム会社の
トランスレーター、昨日が3次試験だったのよ。
わたしは2次の仏作文でおっこっちゃったんだけど。。。

それにしても、すっごくあつかましいお願いしたのに
とっても丁寧に応対して下さってありがとうございました!!!


で、今回はアンちゃん、朝の10時(フランス時間)に
電話とメールで英語のテキスト受けとって、よーい、どん!で
1時間以内にフランス語に翻訳するってものだったそう。

思っていたより、テキストの種類も多様で
長文アリ会話アリ、とってもむずかしかったそうです。

半分くらいしかできなかったそうなんだけど、
「心配しないで下さいね。」っていってくださったんだって。
やさしいお姉さん♪
(↑↑↑ たぶん・・・確実にわたしより年下)


これがだめだったら、この2ヵ月半近くが水の泡。
そしたらまた、VISA を支給してくれそうなとこ探さなきゃ。

今回の会社はアンちゃんも自分の職種だから経験が生かせるし、
もちろんお気に入りっていうか、その業界では素敵な会社だし、
VISA の手配もしてくれるし自宅勤務可だし、
フリーランスだし、もうこれ以上はないってほど。
すっごく条件が合っているからどうしても捨てられない。

どうかどうか、どうかどうか受かりますように!!!!!

mercredi 2 août 2006

しばしお別れ。

お見送りから返ってきました。
ふぅ・・・

直前の数日のほうが、離れたあとのこと考えちゃって、
ほんとうに壊れちゃうんじゃないかと思うくらいつらかった。


でも、最後の夜は、フランスのみんなに手紙を書いたり、
大使館に連絡して質問すること、引っ越しの見積もり、
わたしの障害者手帳が向こうでも有効なのか、
もらってる年金や保険証・医療費負担のこと、
滞在許可証やヴィザ、公的文書のことなんかを話して、
スケジュール組んだり、現実的なことを考えて過ごしたので、
全然ロマンティックじゃないんだけども、
逆に助かった・・・って感じです。


空港では、ありがとう、っていうのが精一杯だったんだけど、
「なにが?」と聞かれて、なにが・・・?と考えたあげく、
「わたしを訪ねてきてくれてありがとう。」と・・・

シリアスなつもりだったのに、
「ねぇ、きみってほんとに ANDOUILLE(とんちんかん)でしょ?
 このシチュエーション、分かってないでしょ?」と
アンちゃんバカウケ。
(どうやら、お客さまに対してつかう表現だったみたいです)

「それじゃ、ぼくに宿を貸してくれてありがとう♪」と
仕返しされました。

おなかが痛くなるくらい笑って、
「じゃ、またあとでね!!」といいながら、なんか妙なお別れ。
なんでもっとこう、ロマンティックにできないんだろう・・・


帰りのバスでは熟睡してたせいかだいじょうぶだったのに、
やっぱり自分の駅に着いたら、毎日のように一緒に歩いた
うちの近所をひとりでだまって歩きながらボーッとしちゃった。

家に入ってもね・・・
ひとりの時間が欲しい!なんて思ってたクセに、
空っぽだなー・・・広く感じるなー・・・


ゆっくりぐっすり眠れないくらい疲れてて、
だから睡眠も1日3時間くらいしかとってなくって、
帰ったらひとりでのんびり爆睡しよう♪なんて思ってたのにね。
やっぱり眠れないや。

だから、たまってた洗濯に洗いもの、
出かける前に袖だけ通して脱ぎ散らかした服の整理、
ずっといってなかったクリニックの予約したり、
大使館に電話したり、いろんな手続きの日程組んだり・・・

おまけに、なぜか急にガス屋さんがきてウチの中点検して回ったり、
突然のおまわりさんの巡回で書類書かされたり、
(わたしを落ちこませないためのボランティアですか?)
頭はボケボケしながらも相変わらずバタバタ動いてます。


次に会えるのは、わたしがお引っ越ししたときだもんね。
がんばって進めなくっちゃ。
もう、それだけ。

mercredi 26 juillet 2006

井の頭公園。

7月25日・・・その1

今日は、ジブリ美術館へお出かけ♪

吉祥寺はぽってぃんが生まれてからしばらく住んでた街で、
学生時代からもともだちがいてよく徘徊してた。

井の頭公園にはよくぽってぃんとママともだちと通ったし、
こっちに引っ越してからも、年中あそびに行ってたし、
唯一通ったフランス語の学校も、吉祥寺ってことでまず選んだし、
そのくらい大好きな、思い入れのある場所・・・


なので、足が痛くなるのを覚悟で、
渋谷から京王井の頭線で、井の頭公園駅でおりて、
まずは井の頭公園をおさんぽ。

アンちゃん、美術館に早く行きたくてもどかしかったらしいけど、
東京にも(23区外だけど)あんなに緑が多いことにビックリ。

それから、公園の中にも支えが必要なくらいに古い、
大きな木が多いことに感激してたから、聞いてみたの。

日本では、道路の真ん中だろうと建設地だろうと、
年をとった木たちを大切に、というか尊重して
わざわざ迂回した道をつくったり、よけて建物を建てたり、
そういうところはほんと、驚いたみたい。


それからもうひとつ、オモシロイ発見。
ふたりで公園を歩いてて、「なんなんだ、この音???」と
とっても不思議そうに聞くアンちゃん。
耳を澄ますけど、別にこれといって不思議な音はなにも・・・

と思ったら、たくさんのセミの声!!
わたしにとっては、当たり前の夏の風景の一部だったから
気づかなかったのだけど・・・

「アリとキリギリス」の真実 その1
「アリとキリギリス」の真実 その2

を実感しました。
セミの声は聞いたことあるけれど、
あんまり激しくてビックリしたんだって。

激しいっていっても、わたしが気づかない程度だったんだから、
フランスのセミたちはよっぽどおとなしいんだね・・・


P.S.
Zizou のインタビューの日本語訳 Nº5, こないだアップしました。

今回は、ジズーの「信仰」や「将来」について語られている部分です。
ここもぜひ、読んでいただきたいです。

彼の価値観や、彼にとって大切なもの、生き方・在り方について、
本人もいっているとおり、おそらく初めて公衆の前で、
彼がくわしくその想いを語った部分だと思われます。

ぜひ読んでみてください。

たまには、ケンカ。

7月23日・・・

アキバに連れていくはずが、風邪が治らず1日起きれなかった。
前の夜に、「夜回り先生」の公演を見てまた感情移入、
それもあって、ナーバスになりすぎてて、
「行けないなら期待させないでよ」という彼のことばと、
部屋にこもっちゃった彼の態度に逆ギレ。

風邪ひいてて起きれなかったのはわざとじゃないんだから
それに、体調がよくなったらっていってくれてたのに、
まあ、わたしも「気にしないで」っていったけどさ、
それが火種になって、敵対すること数時間。

寝てるあいだに、ぐちゃぐちゃの宇宙だった
わたしのパソコン机もぴかぴかに整理して
磨き上げてくれてたのにね・・・今思うと、ごめんなさいだ。


そのあとは、まあ子どものケンカみたいなもんだから、
すぐに気を取り直し、手軽なところで、ぐるりとうちの近所をお散歩。

まえにちょっぴり書いたけれど、
うちの界隈は「盆栽町」っていう盆栽の観光地があって、
外人さんも結構見かけるくらい・・・

アンちゃんのパパって、
亜流でつくったものをいっぱい並べてるくらい盆栽好きで、
アンちゃんも行きたがってたからね。


あそこは歩いてるだけでも気持ちのいいところ。
たくさんの緑、おじいさんの木たち。
おっきく深呼吸すると、肺が葉っぱや草のにおいと
湿った石畳のにおい、夏のにおいで満たされる感じが大好き。

古い家も軒を並べてるし、がたがたの石畳の小径の両脇には、
ちっちゃな和風のランタンが並んでたりして
アンちゃん、写真撮りまくりでした。

本当は、自由に出入りできてお茶なんかもいただける、
日本家屋でいろんなひとの集いの場所
「四季の家」なんてのがあるんだけど、ちょうど着いたその瞬間に、
管理人さんがチェーンを締めに来た・・・残念。


おうちに帰ったら、ぽってぃんとアパートの前で遭遇。
でも、アンちゃんとぽってぃん、疲れて寝ちゃった。

数日前にぽってぃんのじんましんと相変わらずひどいアセモを見て
薬(そう、クリームって、これ)を全身に塗りながら
「ちゃんとごはん作ることにするから、直そうね」と約束したし、
母ちゃんとふたりで買い出しに行って、いっぱい買い込んで、
(誘っても起きれなかったふたり)
おっきなあさりのワイン蒸しと、鰹のたたきをタレであえたのと
緑黄色野菜とじゃこのもりもりサラダもつくりました。

前の夜は、肉じゃがとかいろいろつくったり、
自分ではけっこうがんばったんだけど・・・

肉じゃがの日も、鰹のたたきとあさりのワイン蒸しも、
疲れすぎて夢の中もうろうと食べるふたり・・・

あれこれおしゃべりしながら食べたかったのに、
ぽってぃんもこの陽気とハード・スケジュールで体調崩しちゃって、
のどの痛みのせいで「おしゃべり禁止令」出ちゃったし、
アンちゃんもくたくたで無言だから、
「お口に合いませんでしたか?」と落ちこんだりイライラしたり。

禁酒してるけど、せっかくアンちゃんが来てるから、
少々のアルコール類も仕入れたのに、
それも飲まずに食べおわったらさっさと寝ちゃったし。

ふぅ・・・大変なのね、家族っていっても。
お互いゆずり合わなくちゃいけないし、ひさびさに痛感。

「父ちゃんが自分の趣味に夢中で、
 最近さんぽもいっしょに行ってくれないし、交流がない」と
年中グチってる母ちゃんの気持ちが、いろんな意味でわかった。

そんなこんなで、ちょっと淋しかった
(アンちゃんにも寂しい思いをさせちゃった)1日でした・・・

lundi 17 juillet 2006

楽しすぎる♪

Bonjour !!!

おひさしぶりです、みなさま☆
たくさんの素敵なメッセージ、ほんとうにありがとうございます♪

おかげさまで、飛行機が墜ちることもなく、
アンちゃん無事到着。
(最近は、みじかく tutu と呼んでおります)


こないだの来日では、空港にお迎えに行ったものの、
到着時間もどこの会社の何便かも分からず、探してるあいだ
1時間も待たせてしまったのですが、今回はバッチリ☆

と思ったら、ターミナルを間違え、動揺してる間に、
またすっかりどこ経由の何便かを忘れて、
北ウィングと南ウィングをさまようこと1時間・・・ぐぅ。
ま、結局つかまえたから、よしとしましょう♪


2日目終了ですが、おかげさまで、
ひさしぶり!においしいものをたくさん食べて、腹もこわさず、
長期ひきこもりからも脱出、あちこち徘徊してます♪
なんて健康的!!

ショッピングしたり、お散歩したり、レストランに行ったり、
フランス語のレッスンしてもらったり、実家に行ったり・・・。
ぽってぃんもまんざらでもない様子。


おみやげにもってきてくれた、念願の、ピエール・エルメのマカロン、
長旅のせいでくずれちゃってたけど、めちゃくちゃ美味でした♪

お誕生日のプレゼントに、とってもかわいいチョーカーも♪
ママンからも、素敵なカードとプレゼント・・・涙。。。。。。
写真とったから、明日アップできるかなぁ?


それから実家では、アンちゃん手巻き寿司に初挑戦。
みんなで巻き巻きして楽しいひとときを過ごしました。
あいかわらず、ぽってぃんのマシンガン・トークは
訳すヒマもなく果てしなく続きましたが・・・

頑固な父ちゃんからの、わたしのパートナーには初めてのプレゼント、
甚平さんもゲットして大喜びのアンちゃんです♪


今回の旅の記録にと、初のフォトログをつくったアンちゃん。
写真たちをアップしたらすぐに、ここで紹介させてね。


というわけで・・・なぜかわたしのほうが、時差ボケ?
眠れません。それで、朝起きれません。
アンちゃんはもう夢の中。

きのうは、わたしが11時に起きたらなんと、
お洗濯と洗いものと、お掃除をしてくれてた・・・恥ずかしい。


たぶん毎日はここにこれないと思うけど、
きっとまた楽しいことだらけだから、ご報告にきます♪

もういちど、みなさん、ほんとうにほんとうにありがとう!!!
みなさんも素敵な素敵なヴァカンスを♪

じゃあ、またね!


P.S.
Zizou のインタビュー、Nº3 をアップしました。
ちょっとずつだけど、毎日作業つづけてるので、
大切な部分がおわるまで、つづきを待っててくださいね。

vendredi 28 avril 2006

え?

「たまにはぼくのことも書いてよ〜」

と思ったかどうかは不明ですが、アンちゃんから写真をもらった。
このポーズ・・・モデルのつもりか??

でも、こっちがわたしの本命!




あああーーー!!
オッキー、モナムール!!!

vendredi 21 avril 2006

必殺・サプライズ返し!

のつもりが、サプライズさせられたのはわたしのほうでした!

今日の明け方眠れなくてなんとなく電話してみたら、
アンちゃんの口から思いがけないことばが。

「プレゼント、受けとったよ!すごいサプライズだよ!」


いやいや、ビックリしたのはこっちだって。
だって、ずっと郵便局に行けなくて、
やっと火曜日のお昼過ぎに出したんだもの。

帰ってきたら届いてたっていうから、
フランスではまだ木曜日の夕方だったはず。

フランスの郵便局について、ともだちのあいだでいろいろ
物騒なはなしがつづいてたから、最悪の事態も覚悟してたのに、
それにしたって、2日で届くって、どういうこと?

さっぱり分かりません。
ま、タイミングがよかったのかしら。
ラッキー♪♪♪


アンちゃん、部屋に入るなり大喜びで小包を開けて、
すぐさま革のブレスレットを身につけ、
カエルくんのマウスをつないでマウスパッドも設置したらしい。
Web カムでそのようすを見せてくれました。

喜んでもらえてよかった〜〜〜!

jeudi 13 avril 2006

サプライズ・カード!

わぁーい!!
嬉しいことつづきだぁー♪


さっき、フランスからカードが届きました!
とってもかわいいバレエシューズとチュチュをモチーフにしたカード。
写真に撮ろうかと思ったんだけど、電池切れ・・・またしても。

カードの送り主はアンちゃん一家♪
それに、彼のおじさまおばさまに、いとことその恋人たち、
姪っ子に甥っ子まで!!!

そう、あの「週末の家族パーティー」でご紹介したメンバー、
ひとりひとりから・・・感激です。。。

カードいっぱいに書かれた、ひとりひとりのビズ(キッス)
もう、涙ちょちょぎれました、ホントに・・・。

みんな、やさしすぎる!
ママンのアイディアのサプライズらしくて、
アンちゃんからは何も聞かされてなかったから、
本当にびっくり&感動で心臓ドキドキです・・・。


すっごいうれしいーーーー!!

mercredi 12 avril 2006

指輪はタブー?その2

アントワーヌくんとつきあい始めた当初は、
お互いいつも身につけていたものを贈りあいました。

初めて彼に会うためパリに行くことになったとき、
わたしたちは、ずっと離れていて一緒にできなかったことを
全部やろう、とリストをつくりました。


すこしためらったのですが、おそろいの指輪が欲しい、と思いました。
それで、ちょっとクッションをおいて、
「ステディ・リングって知ってる?」と訊いてみました。

興味を示した彼に、なるべく警戒されないように、
なるべく負担にならないように、日本ではふつうに
恋人同士でおそろいの指輪を買ったり、プレゼントしたりする、
わたしたちは離れているから、なおさら
何かそういうおそろいのものが欲しい、といいました。

断られることを前提にいってみたんだけど、
アントワーヌくんはそのアイディアをすごく気に入ってくれて、
いちばんに指輪を買いに行こう、とまでいってくれたのでした。


ところが、いざパリにいってみると・・・

mardi 11 avril 2006

アン様 第3回来日決定!

やったじょーーーーー!!!
アン様の来日が決定しましたー!


すこし前から、夏に来るってのは話してたんだけど、
彼が飛行機のチケット billets を手にしてから、
みなさんにご報告しようと思ってました。


目ざといかたはお気づきでしょうが、
カウントダウンも設置しました♪
あと95日♪ 95日。 95日・・・長い。

早くおそうじしないとっっ!
前回みたいに、3人で1枚のふとんに寝るのはもうこりごりです。
夏だから、暑ッ苦しそうだし。


がんばって、物置代わりになってるアトリエどうにかしよう。
ふたりの時間だって、必要だもの。


取り急ぎ、ご報告まで。
なんちって♪

samedi 1 avril 2006

どのくらいの周期で・・・?

ねえみなさん、どのくらいの周期で里帰りしてます?

うちの弟くんは、都内だからさほど遠くないのに、
正月と、脅してお盆休みくらいしか顔を出しません。


ところが、アントワーヌくんたら、
月に2〜3度週末は実家へ。
新幹線 TGV で2時間かけてですよー?
たしか、切符も往復で1万円くらい。

「え、また帰るの?」って驚いたら、
「KiKi はぼくが実家に帰るのがイヤなの?」っていわれちゃった。
そうじゃないけど・・・。

洗濯機がないから、たしかにわたしがパリに滞在中も、
下着やTシャツ・セーターなんかは手洗いして、
ジーンズなどどうしようもないものは実家にいって、
ママンに洗ってもらってました。

コインランドリーに行くっていうと、
どうせぼくのはママンに洗ってもらうんだし、
お金かかるからって止められちゃった。

「今度 KiKi が来るときは洗濯機買っとくから。」って
約束したのに、パパのオファーも断ったらしい。
冬の手洗いって、すごく大変なのに!
ブラのパットは乾かなくていつも雑巾のニオイがしたし。
(ぶ厚いニセパイ用だからなおさら!)


つか、そんなことどうでもいいの。

時差のおかげで、わたしたちが声で話せるのは
日本時間でわたしが起きてから9時までのあいだ。
向こうは朝起きたら仕事に行っちゃうし。


だから、必死にこっちも5時とか6時に早起きして、
なるべく彼が家にいるあいだに、生の会話ができるようにしてる。
最近は自然と目が覚めちゃうけど・・・。

7時半くらいから8時過ぎまではぽってぃんが学校に行くので
ばたばたするし、ごはんとかつくったりするし。
結局、話せるのって正味2〜3時間だもの。


だから、週末くらいはそういうの気にせず話す時間が欲しい、
けど、実家にいったらいつまでも寝てるし、
パソコンは家族でかわりばんこに使ってるみたいだし、
家族との時間は大切だから、話す時間は皆無に近い。

やべっ、またグチっちゃった :p


でも、わたしの知ってる限り、フランス人って
ものすごーく家族を大切にするのはいいんだけども、
親離れ子離れしてないところが多いなぁーってかんじる。

日本もそうなのかもしれないけど、それ以上じゃないかな。
ほかの国の男の子たちって、どうなのかしら。

jeudi 30 mars 2006

北風と太陽。

ぽってぃんの「フランス拒否」事件以来、
アントワーヌくんといろいろ話し合ったり相談していくうちに、
飽和状態だったふたりの関係と絆が深まった気がします。


日和見主義的なことしか言わない彼にしょっちゅうイライラして、
「鈍感」「楽天家すぎ」「非現実的」と責めたりしていたわたし。

ここではいいことだけ書きながらも、
「頼りない」とか「価値観合わなすぎ!」とか、
「ホントにこの人でいいの?」なんてずっと迷っていました。


でも最近、寓話やなれそめの話をしていて思い出しました。

わたしは、彼のそういう部分に惚れていったんだということ。


うつでネガティヴなことばかり考えていたわたしに、
どんなときも優しく暖かいことばをかけてくれていました。
どれだけ罵ったり口汚いことをいっても、
スタンスを変えずに励まし、見守っていてくれた彼。

今までの男だったら、ぶん殴られるか罵り合いになって
大げんかしていたと思います。
(実際わたしも手が早いから・・・)


それで、つきあい始めた当時、ふとアントワーヌくんに
「北風と太陽」のはなしをしたことがありました。

「あなたはまるでその太陽みたい。」って伝えるために。

彼は残念ながら「北風と太陽」の寓話を知らなかったのだけど、
すぐに気に入ってくれました。

いまだに、mon soleil(わたしの太陽くん)て呼ぶと、
ちょっと照れながら、とっても喜びます。

わたしがすごく落ち込んでても、ヒステリー起こしても、
全部受け止めて、太陽の光のように暖かくそっと包んでくれるひと。


そのことを、つきあった当初にぽってぃんにもはなしました。

「アントワーヌってね、『北風と太陽』に出てくる太陽みたいなの。
 なんかね、いくら意地はっててもね、あったかーくされちゃうと
 『もうわかった〜♪』って脱いじゃう感じなの。」

と、脱ぐジェスチャーをしました。

「え?!ママ、『もうわかった〜♪』って脱いじゃうの?!

「いやいや、その『脱ぐ』じゃないから。」

コートを、ってことばが足りなかった・・・


当時彼女は小学生。
そっちの『脱ぐ』を想像するかなぁ・・・

彼女とは小さいころから、
ごく自然に性についての話はしていたので、
ちょっと(かなり?)早熟になってしまったらしいです。


あらら、途中まではいい話っぽかったんだけど。

samedi 25 mars 2006

なれそめ。第6幕

泣きはらして目覚めた次の日の朝、
アントワーヌくんからメールが届いていました。

もしかして・・・!?

と、まだ現実を認められないわたし。


はやる気持ちをおさえて読んでみると、
それは前から頼んであったわたしの仏訳文の訂正。
やっぱね・・・。

さすが7年付き合ってないだけあるわ、
なんて女心の分からないヤツ。


フランス語の文章読むのもばかばかしかったけど、
根性いれて最後まで読んでみると、
そこには追伸が・・・
あ、さっきのできごとについて書かれてる!


**********

きみに頼まれたように、ぼくはさっききみがいったこと
(だいたい)忘れたよ。

きみにいえるのは、ただ、
ぼくは自分のことを運のいいヤツだ、と思ってること、
それから、きみはぼくにとって大切な存在だということ。

Gros bisous(社交辞令じゃないよ)

アントワーヌ

**********

・・・(だいたい)忘れたのね。
てか、普通さぁ、そんなこといちいち書いてくるかぁ?

で、またそういうまぎらわしいことばくっつけちゃって。
そういうのが傷つくっていってるんじゃん・・・


そしてメールの最後に、「KiKi のためのちょうちょ」
と題された1枚の写真がありました。




「たぶん世界一美しいちょうちょではないけど、
 でも1羽だけ、ぼくにそっと写真を撮らせてくれたちょうちょ。
 だから、ぼくはこの子が大好きです。
 ぼくのちょうちょ。」

なんだかただの蛾にしか見えなかったこのちょうちょが、
わたしにもすごく愛おしく思えてきました。

そして、もういろんな想いがこんがらがっちゃって、
涙が止まらなかった・・・


それから2週間、彼とメッセで話していない間は
なぜかエアロ・スミスを大音量でかけながら
毎日泣き暮らしていました。


つづく。

... なれそめ。第1幕
... なれそめ。第2幕
... なれそめ。第3幕
... なれそめ。第4幕
... なれそめ。第5幕

vendredi 24 mars 2006

なれそめ。第5幕

ま、いっか。
2年もかけて築いてきたともだち関係を、
また色恋沙汰で壊したくないしね。

と思って、もう彼の気持ちを聞き出そうとか
そういう駆け引きをするのはやめて、
今までどおり、フランス語を教えてもらったり、
フランスでの出来事を聞いたり、
彼の提案どおり、お互いの家族を写真で紹介したり、
そんなふつうの交流をまた始めました。


ところが、どんどんやさしくなっていってしまう彼。

好きな曲があるといえば、次の日にそれをギターで弾いて
録音したのを MP3 で送ってくれたり、
Flash を勉強して、わたしの人形をサイトで動かしたいといえば、
「昨日の夜、Flash について勉強したんだよ。」と
簡単なアニメーションを作って送ってきてくれたり。

「ちょっとまって、なんでそんなに何でもしてくれるの?」

そのやさしさは、わたしの恋心にとって、
とっても酷なんだけど・・・

「きみはともだちだから。」

そうだよね、ともだちだもんね・・・。
そのくせに、ときどき発する意味深なことば。

「きみみたいな女の子はふたりといないよ。」
「ぼくにとって、きみは大切な存在だよ。」

でも、ともだちだからね。


ある日、彼がなぜ女の子と付き合わなくなったのか、
7年もひとりでいるのか、たずねてみました。

「それは、思い出すだけでつらいから、今はいえないよ。
 でもいつか誰かに話すとしたら、きみだろうな。」

でも、ただのともだちだもんね・・・。


わたしのつのる思いは破裂寸前。
もう我慢も限界でした。


ある日、いつものようにチャットの途中、
あまりにも度を超した彼のやさしさに、
思わず泣き出してしまいました。

「え、どうしたの?」
「そんなにやさしくされたら、すごくつらいんだけど。」

彼はすこしの沈黙のあと、

「だって、きみのこと大好きなんだもの。」
「え?」

すごくびっくりして、思わず聞き返しました。
あわてて弁解する彼。

「ともだちだからね。」
「そうだよね。ともだちだもんね。」

わたしは、皮肉たっぷりに
「ともだち」ということばを繰り返しました。
わたしの尋常じゃないようすに気づいたのか、

「ごめん、ショック受けちゃったかな。」
「別に。」


もう無理!
とうとうわたしは、彼に想いをぶちまけてしまいました。

「ねえ、ちゃんと聞いてくれる?
 それで、聞いたらすぐに忘れるって約束してくれる?」

「・・・うん。きみがそういうなら約束するよ。」

「あのね、じゃあいうけど、はっきりいって辛いの。
 あたしね、あなたのこと本気で好きなの。
 でもともだちでいられなくなるのが怖いから、
 自分の感情一生懸命かくして接してるのに、
 そんなにやさしくされたら本当につらいの。
 だから、もうそういうのやめてくれる?」

「うん・・・」

「それだけ。じゃ、あたしのいったことは忘れてね。」

「わかった。忘れるよ。約束する。」

忘れるよぉー?
ほんと、だめだこりゃ・・・。

つづく


... なれそめ。第1幕
... なれそめ。第2幕
... なれそめ。第3幕
... なれそめ。第4幕
... なれそめ。第6幕

jeudi 23 mars 2006

なれそめ。第4幕

「なれそめ」のつづき書くのすっかり忘れてた。
ちょっとね、いろいろありすぎて・・・。

忘れちゃったよー、ってひとは、はじめからどうぞ。

*****

さて、次の日も、その次の日も、
わたしがひそかにうすーいアイボリーで書いた「じゅてーむ。」に関しての
アントワーヌくんからのコメントはありませんでした。

そこでまた、ニコラに相談。
「だからあんだけいったじゃん。
 あいつは絶対に自分の気持ちとかいわないって。」

そうだよね・・・わかってたもんね。

「それに、恋愛となると、お互いを知る時間がもっと必要だよ。
 KiKi, 時間が必要なんだよ。」

そういえば、わたし、彼の写真すらまだ一度も見たことなかった。

「あのね、ニコラ。アントワーヌの写真、もってる?」
「えー!写真も見たことないの?」
「まあ・・・ね。」
「いいよ。ここにはないけど、家に帰ったら送ってあげるよ。」
「ありがとう!」

そしてニコラの送ってくれた写真は・・・これでした。




いちばん左です。
めっちゃイイー!!と思ってしまったのですが、
今考えると理由が分かりません。

恋のチカラって、偉大ね。


つづく


... なれそめ。第1幕
... なれそめ。第2幕
... なれそめ。第3幕
... なれそめ。第5幕
... なれそめ。第6幕

jeudi 2 mars 2006

教育方針のちがい。

さて、ぽってぃんのバレエのクラス変更について、
アントワーヌくんに話しました。

すると、
「かわいそうに・・・。
 でも、きみが先生のところに行って話し合わないのは残念だな。」

もちろん、反論しました。
それは、わたしの口出しするところじゃないと思う。

でもアントワーヌくんは、
「うーん、そうかも知れないけど、
 フランスでは大切なときはいつも、
 母親が先生と話し合いにいくよ。」


クラス編成は先生にもしっかり考えがあってのことだし、
先生も彼女も、ふたりの関係ももちろん信頼している。
無関心とはちがうと思う。

バレエの技術やレベルについて、子どもたちの扱いについて、
先生はもちろん熟知しているはず。

そして彼女もわたしと同じ母親、
ぽってぃんと同じ中1の男の子、
そして同じくバレエをやっている小5の女の子がいます。

そんなことでいちいち、先生に質問や意見をしに行くような、
そこまでの世間知らずではないつもりです。


「それにね、ぽってぃんはレベルの高いクラスで後ろにいるより、
 それなりのクラスでお手本にされたり褒められたり、
 いちばん前の列で踊ったりして自信をつけてきたの。
 怒られるとしぼむところはちょっと弱いと思うけど・・・

 先生だって、それをよく知ってると思うし、
 本人だって納得したんだから、わたしの出る幕じゃない。」

そういうと彼、
「そういえば、日本ではずいぶん
 子どもに責任感をもたせるようにしてると思う。

 フランスでは、子どもの責任はぜんぶ親の責任だからね。
 だから、すぐ親が飛んでいくよ。」


いや、子どもの責任は親の責任、てのは
日本でもそうだろうけど・・・

だけどわたしは、子どものケンカに親が口出しするような、
先生にいちいち文句をいいにいくような、
そんな母親にはなりたくありません。

そりゃ、相手を傷つけちゃったりしたら、
きちんと謝りに行くけれども。


赤ちゃんのころから別々の部屋で眠るくらい、
独立させた育児をするのかと思ったら、そうでもないのかしら。
彼の家庭がちょっと特別なのかしら。

20代前半の妹 Claire が、毎晩ママンに抱っこされて
「そこじゃなくて、ここ!」なんていいながら
なでなでしてもらってたのには、うらやましいのと同時に
かなり驚きました。

ママンの手が止まったとき、
「もう終わりなの?」と Claire,
「わたしだって仕事してきて疲れてるのよ、マシェリ。」とママン。


ふう・・・
育児方針については、これからもいろいろありそうですね。
わたしが放任すぎるのかな?

vendredi 24 février 2006

地球のどこかで。

今日はとっても元気100倍アンパンマンなので、
話したいことだらけ!


さきおととい、やっとアンちゃんからの小包が届きました。
もちろん、中身はバレンタインのプレズント〜♪

大好きなプチ・バトーのキャミ débardeur と、
それから「ブルーとグリーン」のコンビのマフラー。


いつも寒さにふるえながら、パソコンの前で
パーカーのフードをかぶってマフラーを巻き、
話してるのをウェブカムで見てたからかな。
(これも誰にも見られたくない状況ですね♪)


それにしても、今回は届くのに20日くらいかかったようです。
どうなってんの、郵便局さん?


ところで、グリーンとブルーってのは、
わたしたちにとって、とても特別な色なのです。

まだアントワーヌくんとつきあい始めたころ、わたしは
CM で耳にした "To Be With You" という曲にはまってました。

で、あんまり歌詞の内容がぴったりな状況だったので、
(まだなれそめの章が途中のままでした・・・ね)
その歌の Westlife のカバー・ヴァージョンを、
想いをこめて贈りました。

彼は Mr.BIG のファンで、お礼にと
"To Be With You" の原曲をギターで弾いて贈ってくれました。


その歌詞の中に、
 −Waiting on the line of greens and blues
という一節があります。
英語の苦手なわたしは、この部分が分からなくて
質問したカナダのともだちの解釈によれば、
「green は緑の地球、blue は青い空だから、
 つまり地平線(地球)のどっかで待ってる、ってことじゃない?』
これ、すごく素敵だと思いませんか?


そして、偶然にもわたしの好きな色はみどり、
彼の好きな色は青(部屋の中も青いものだらけです)。

それから、初めて贈ったわたしのくまちゃんも、
偶然片耳がみどり、もう片耳が青い子だったのです。


まさか男の子から手編み風マフラーをもらうなんて、
今まで想像もしたことなかったわたしは、
思わず「これはアンちゃんの手作りではなかろうか?」と
真っ先にタグが付いているか確かめてしまったのでした。

もうちょっと、ロマンティックな女の子になりたいものです。
(わたしからは、まだなにも贈ってません・・・ゴメン)

今もそのおっきなマフラーを巻いて、
まるでボアに締めつけられて身動き取れないような状態で
これを書いてます。でもすごくあったかいよー。

ありがとう、アンちゃん!

jeudi 23 février 2006

ボーダー・ライン。

最近、アントワーヌくんは本を読み始めたそうです。
ボーダー・ラインについての本です。


わたしの病気について、やっと、
知ろうという気になってくれたのだと嬉しくなりました。

今までは家族にさえ話してくれてなくて、
ちょっと不信感を抱いていました。

別に特別扱いして欲しいわけじゃありません。
でも、どうしても家族でのディナーに参加できないときとか、
「気