jeudi 20 décembre 2007
ぽってぃんが家出してから、もうひと月以上になる。
フランスに行っていた期間も合わせれば、
もう2か月近くいっしょに暮らしていない。
ここになにも書けなかったのは、
そのあいだにいろいろなことがありすぎたから。
まさかわが家に家族崩壊の危機が訪れるとは。
わたしはずっと、まちがってたんだなって自分を責めてばかりで。
でもなぜか、体調はものすごくよくって・・・。
まだまだな部分もたくさんあるけど、
ほかのひとたちには「当たり前」にできていることが
ひとつひとつできるようになっていくのって、すごくうれしい。
それでも娘はいう。
社会人なんだから、当たり前のことをして威張るな、と。
それももっともだと思う。
彼女が出ていったのは、わたしが何もしなかったから。
出来なかったとはいえないんだろうな。
わたしといると疲れるのだそうだ。
そりゃそうだ。
本人が自分に振り回されて粉々になってるんだから
他人が耐えられるわけがない。
どれだけ心配や迷惑をかけてきたんだろうとおもうと
一生かけてもつぐなえない・・・想像もできないくらいだ。
もうそろそろ、本当にいなくなりたいと思った。
自分の産んだ娘に自分の存在を否定されることほど
つらいことはない。
つらいということばが大嫌いでも、心底つらかった。
アントワーヌの励まし、どんな温かいことばも
その場しのぎの慰めにしか聞こえなくなっていた。
病院に行く気力さえ、もうなかった。
母とアントワーヌは
そんなわたしを見てクリニックにひきずっていってくれた。
先生はこういった。
「あなたは家事や身の回りのことはひどく出来ないけれど
そのぶん仕事でのがんばりは飛び抜けているんです。
寝る間も惜しい、何日も寝てないなんていうのはふつうじゃない。
ふつうのひとは六角形であらわすならきれいな六角形で
でもあなたの場合はこんなふうなんです。
(とトンガリとヘッコミが極端にでこぼこな星形をペンで書く)
そして、病気によってそれが縮んでこんな風になっている。
(ときゅうっとちぢこまったちっちゃなでこぼこを星形の中に書く)
これをきれいな六角形にすることが治療ではないとぼくは思うんです。
本来の○○さん、つまりこの形(大きな星形を指す)に
もどしていってあげることが治療なんです。
アーティストであることが悪いとはぼくは思わないんです。
今まではどうにかふつうにしようとがんばってたと思うけど、
ヘタに家事をしようなんて思わないほうがいいよ。
突き抜けちゃってる○○さんが本来の○○さんなんだから、
どーんと突き抜けちゃった方がいいんだよ。
お母さんや娘さんはね、この六角形なんですよ。
だから、○○さんのでこぼこが理解できないの。
でもそれは、それぞれの生き方なんだから、
お互い理解できなくて当たり前なんです。
いっしょに暮らしていなくて体調がいいのなら、
それが本来の姿なのかもしれないんだから
別々に暮らすっていうのもありなんじゃないかなぁ。
○○さんが好きなことで突き抜けちゃって
それが結果になったとき、やっと納得するんだと思いますよ。」
この先生のことばには本当に救われた。
だから、もし同じようにまわりと合わせられず悩んでるひと、
自己否定しているひとがいたら読んでほしいと思って書いた。
ずっと苦しんできたことが
わたしにとってはふつうのことだったんだ、って思えたから。
一生懸命、まわりの「ふつう」に合わせようとして
無理に自分を変えようとしてきたんだって思う。
こういっても、「ふつう」のひとたちには
「甘えている」ようにしか聞こえないのだろうか。
でももう、そんなのどうでもいい。
先生と、少なくともアントワーヌは理解してくれている。
涙が止まらなくなるくらい、心にしみた。
わたしが仕事に夢中のとき、家事や片づけをやってくれる。
自分も働いているのに、わたしを100%助けてくれている。
打ち合わせ合宿でばたばた動いているときも、
買い出しに行ったりコーヒーを煎れてくれたり、
本当にアントワーヌには感謝してもしきれない。
今までやってきてくれたぽってぃんにも母親にもそうだ。
申し訳ないと後ろめたい気もちばかりだったから
感謝の気もちを忘れていたんじゃないかなぁ。
今は仕事もガンガン進んでいる。
苦痛でもなんでもないし、外にも出かけられるようになった。
また、でこぼこだらけだけどもとの自分を取り戻せるかもしれない。
突き抜けて、結果を出して、それから・・・
いつかみんなに恩返しするんだ。