lundi 13 février 2006
彼女がまだ小さい頃、わたしは
「子どもとはいえ素材もデザインもよいものを与えたい」というのがあって、
値段をいとわず恋人並みにプレゼントを贈っていました。
ヨーロッパからの輸入物の真っ赤なボディに白のサドルの三輪車、
北欧の、積み木で街並みがつくれる詰め合わせや、
木でできたプラレールのような電車ごっこセット、
手塚治虫の「リボンの騎士」や「ジャングル大帝」、
「鉄腕アトム」などそれぞれの全巻 VIDEO-BOX,
プロが使うようなメーカーの、何十色入り水彩色鉛筆、
LEGO のすべてのバケツと忍者やサッカーなどさまざまなバージョン、
果ては iMac... などなど。
わたしの趣味と、いいものに触れて欲しいという親心もあったけれど、
仕事であまりにも忙しくて遊んであげられなかった、
そんな罪悪感と申し訳ないという思いの埋め合わせをしたかったんだろうな。
実際は、彼女の周りにはモノがあふれすぎて、
どれで遊んでいいのかも分からない状態だったと思う。
しかもママは起きてから寝るまで仕事、
どんなにいいオモチャがあっても、遊ぶ相手がいないんだもの。
どんなに素敵な色鉛筆がそろっていても、絵の題材がないんだもの。
はじめての離婚のとき、彼女は2歳半。
その色鉛筆を使って彼女は絵を描きました。
たくさんの色の中から彼女が選んだのは、黒とグレー、すこしの青。
嵐のようなごしゃごしゃモシャモシャな絵だった。
小学校の教室に張り出された、
生徒ひとりひとりが描いて切り抜いた自分の似顔絵。
彼女の絵を見つけ出すのは簡単でした。
たくさんの肌色や桃色の顔の中に、ひとつだけグレーに塗りたくられた顔。
涙が出ました。
わたしの行い、生き方がいけなかったんだな、と自己嫌悪に陥っていた、
ちょうどその頃流れはじめたクルマの CM のコピー、
「モノより思い出。」
このひとことが、ストライクど真ん中でわたしの心に突き刺さりました。
ほんとに、そうですよね・・・。
彼女のこころの中には、小さな頃の思い出はいくつあるのだろうか。
それからは、なんとか自分なりに改善してきたつもりだけど、
まだまだ気合いが足りないなーと思う今日この頃なのでした。




Commentaires Récents