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2006年01月11日 Archive

::: しみます。 :::

あなたが虚しく過ごしたきょうという日は
きのう死んでいったものが
あれほど生きたいと願ったあした


カシコギ・趙昌仁より

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::: ライター中毒。 :::

やばい。
そろそろやばい。
禁断症状だ。


気分がよろしくないので
少し気持ちを落ち着けようと、
抗不安剤を口にふくんだあと、
コップに手を伸ばして口元に持っていき、
カチッと・・・・・、
カチッと・・・・・、

ってこれ、ライターじゃん!


ライターの火で、薬は飲み込めないだろ、オイ。
ノリツッコミのようだが、本気でやってるから怖い。
ガスがなくなってて、ホントよかった。

たばこをくわえるのさえ忘れて火をつけ、
くちびるを焦がしそうになったことも、
何度もある。

ニコチン中毒じゃなくて、ライター中毒か?

浅草で飲んでたときも、
たばこをくわえるたびに箸置きに手を伸ばし、
カチッと鳴らないと分かるまで、
ちっとも自分の過ちに気づかないわたし。

学習能力ゼロ。
学習能力なくたって、手の感覚があれば、
ライターと箸置きの違いくらい分かるだろ・・・普通。

しまいには、

※ わたしたばこをくわえる
 → アンちゃんささっとわたしに箸置きを手渡す
 → わたしそれをたばこの先に持っていく
 → 火がつかない
 → わたし驚く
 → 素直にひっかかるわたしに、全員喜ぶ

(※REPEAT ×3)


パブロフの犬かっつーの。
うーんってことは学習能力あるんじゃん、わたし♪

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::: 絵はがき、パートスリー。 :::

買ってくれる人がいなかったら、
燃えるゴミに出します。

オゾン層、また壊しちゃうだろーなー。

なんてね♪

... 絵はがき、パートワン。
... 絵はがき、パートツー。

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::: 絵はがき、パートツー。 :::

結局、不良在庫の処分なんだけど。


... 絵はがき、パートワン。
... 絵はがき、パートスリー。

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::: 愛しのニコレット。 :::

うげげ!

ちょっと〜
ニコレットって、
どうしてこんなにマズ〜いの?!

30分噛めとか書いてあるけど、
5分以上持ちこたえたことは一度もない。

逆に、これすぐにでも吐き出して、
たばこで口直ししてぇ〜!ってなるじゃんか。


でもね、お陰様で頭はふらふらしております。
今は、ニコチン摂取するべきじゃないね。


関係ないけど、虫歯の痛みに転げ回って、
ケロリン飲んだことがある。

そのあと、どうしても痛みに耐えきれず、
歯医者に行ったら、麻酔したとたんに意識失って、
救急車で運ばれた・・・

ケロリン飲んできたって、
先生にいうの忘れてた・・・

それきり、怖くて歯医者に行けない。


何ごとも、過剰摂取はいけない。
(韻を踏んでみました)


うん、もうちょっと我慢してみようっと。

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::: 絵はがき、パートワン。 :::

自分のつくった人形たちとイラストで、絵はがきを作って売ってた。


最初は、写真屋さんで自分の撮った写真をカードに加工してもらったり、
プリントゴッコでぺったんぺったん、地道にやってたんだけど、
そのうち追いつかなくなった。

15,000円で1,000枚刷ってくれる業者を見つけて、発注するようになった。
営業するうちにどんどん売れるようになって、
おしまいの頃は、ひと月だけで、5万枚くらい売れた。

これじゃ、ちびちび発注するのは大変だし、
まとめて注文すれば、10,000円で1,000枚になるから、
月ごとに、大量注文するようになった。


1年くらいたってから、この業界に、バブルのツケがだいぶ遅れてやってきた。
取引していた会社が、ひとつ、ふたつみっつと立て続けにつぶれてしまった。
それも、どれも、大きな単位で取引していたところ。

各社にン十万の売掛金は、そのまま泡となり、わたしの手元には、
大量の在庫の山だけが残った。


¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥

ということで、これをみなさんにお譲りしたいと思いマース!
今夜、半ば押し売り的に、オークションに出品しマース!


待っててね♪

... 絵はがき、パートツー。
... 絵はがき、パートスリー。

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::: たばこが、きれた。 :::

カートンで買ったたばこが、とうとう無くなった。

買いに行きたくてうずうずしてる自分と、
めんどくさいから禁煙始めろっていう自分が闘ってる。

潮時かな。
お金を払って不健康になるなんて、バカげてる。

そう思いつつ、また吸いたくなって火をつけると、
灰皿にはすでに、さっき火をつけたたばこの煙が揺れている・・・

ややこしいけど、いっぺんに2本火をつけちゃたってことです。
いや、3本のときもままある。

かなり重症だ。


ひさびさに、ぽってぃんがお小遣いはたいてプレゼントしてくれた、
ニコレットでも噛み噛みしてみよう。

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::: ママ友だちと、離婚について。 :::

ちょっと暗かったので、話題を変えましょう。


わたしは、友だちを作るのがとってもヘタクソです。
(うーん、これも明るい話題じゃないなあ・・・)


近所づきあいとか、すごく苦手。
あいさつとかは、もちろんちゃんとするけど、
別にこれといって話すこともないし。

ぽってぃんの学校のお母さん方となんか、向こうが話しかけてこなかったら
ぜんぜん話さないし、俗にいう、公園デビューもしなかった。
社交性がないなーとつねづね思う。

公園には通ったけれど、いつもぽってぃんとふたり、はじっこの方で遊んでた。

だから、うちに遊びに来るわたしのともだちとばかり接していたぽってぃんは、
子ども社会に対する免疫がなく、いつしか子ども恐怖症になり、
スーパーなんかで、うろうろしてる子どもを見ては、
ぎゃーーっと激しく泣き出して、わたしの後ろに隠れるようになってしまった。

これはいかんと思い、すぐに保育園の入園手続きをしました。。。


保育園のお母さんたちとも、最初はなじめなかった。
送り迎えに立ち話してるお母さんたちが、ちょっぴり羨ましかった。
ウソです。本当は、ものすごく羨ましかった。

オープンで明るい、ナオたちに会うまではね。


ナオが父母会のとき、
「自分から友だちを作るのは苦手なので、遊びにきてください。」と
言ったときは、驚いた。
いつもげらげら笑ってて、ひとに囲まれてるように見えたのに、
内心はそう思ってたんだ・・・。

「ほんとに遊びに行ってもいいの?」と、
父母会が終わったらすぐナオに聞きにいった。
家庭環境がそっくりだったわたしたちは、
ソッコウ気が合って、よく立ち話をするようになった。

そのうち、シングルマザー、離婚検討中の子、と類は友を呼んで、
バツイチ倶楽部みたいのができてた。とほほ。


年長さんのときは、何とか役員という義務をすり抜けてきたわたしたちが、
感謝会を仕切ることになってしまった。
メンバー6人、全員がバツイチ倶楽部の仲間で、おまけにアウトロー。
(子どもたちは25人くらいだったから、すごい割合だよね)

だから、話し合いのときも、誰かんちに集まっては、
お菓子を囲んでお互いの家庭のことを話したり、
離婚について話したり、バカ話をして笑い転げたり。
主題を話すのは、いつもお開きのぎりぎり10分前になってからだった。

楽しかったなー。
いまだに、彼女たちとはとても仲がいい。


たまに、各メンバーから、小学校や中学校のお母さんたちとなじめなくて、
「保育園の頃に帰りたいようー。」と電話がくる。
表面上の付き合いはするのだけど、気を使ってばかりで疲れてしまうらしい。

保育園の子たちは、いろんな地区から来てたから、
ほとんどみんなバラバラになちゃった。
でも、小学校にあがるときにはもう、
幼稚園ごとのつながりで固い絆ができちゃってて、
新たにそこに入ってくのはかなりむずかしい。
これは子ども同士でもそうだったらしい。よそ者扱いされるのだそうだ。

ここに引っ越してきたとき、ぽってぃんの転校について、
近所のぽってぃんと同い年の女の子をもつお母さんがこう言った。
「もう女の子同士でグループができちゃってるからなー。
 ハナちゃんなじめるかなー。」

がーん・・・。
なに、その変な仲間意識。
うちの子と仲良くしてね、とかしようねとか、そういうのないんだ。

「なじんでくれるといいなー♪」と明るく答えつつ、
この人とは、友だちになりたくないなと思った。


こんなふうに、みんな、結構びくびくしながらお母さんたちと付き合ってる。
ほかのお母さんたちの顔色見ながら発言してる、とぶっちゃける子もいる。
彼女たちはみんな明るくて楽しくて優しくて、素敵な女性なのに。
少なくとも、自分にもひとにも人生というものにも、とても正直に生きている。


ひとりの子は、他人の離婚のことを悪く言ったり陰で噂する
ご近所さんやママ友だちに、何年もの間、自分も離婚したとは言えずに、
相手の旦那さんの話なんかにうなずき続けた。
そして彼女はそれを隠し通したまま、再婚して東京に引っ越していった。


離婚がいいとは言わないけれど、わたしは後悔していないし、
不幸だと思ったこともない。

ぎゃくに、子どものために仮面夫婦でいることの方が、どうかと思ったりする。
その努力と忍耐力はすごいなーと思うけれど・・・。


子どもは何でも分かっている。
自分のために夫婦のふりをしつづける両親を見て、
知らないふりをしなくちゃいけないことも、分かっている。
そして、それは自分のせいだと、心の中でひとりぼっちで泣いている。
そういう子を、何人も見ている。


なーんて、偉そうなこと言えないな。
ぽってぃんから、父親を奪ってしまったことは事実だから。

言い訳させてもらえば、彼女の父親が、二人目が欲しいというわたしに、
「子どもはいらない。本当はハナもいらなかった。」なんて宣ったからだ。

それだけは許せなかった。本当に本当に本当に、許せなかった。
彼は、いたって冷静だった。それが余計に許せなかった。


いくら何でも、身ごもったばかりならまだしも、今もうここにある命を、
それもわたしたちの望んだ命を、そんな簡単に「いらない」と言えるなんて。
ぽってぃんはもう2歳だったし、元気に生きている。走り回っている。

そんなひととは、もう一緒に暮らすことはできない、そう思ったのだ。
(わたしにも、至らない点はたくさんあったけど、この際それはどうでもいい)

そのあとも、再婚を何度も企んだわたしに、ぽってぃんは、
「今度のパパは?」と訊ねるようになってしまった。

本当にごめんね、ぽってぃん。
パパは、多くの場合、そう頻繁に変わるものではないのです・・・。


いつも思うけど、わたしのブログって、重いし、長すぎるなー。
しかも、やっぱり暗いじゃん!

ごめんなさい。

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::: ・・・。 :::

昨日、ジョンのことを書いていたら、一気に落ち込んじゃった。
昨日の夜から、涙が止まらない。

そんなことしてたってジョンは喜ばないね。


その前の夜から、拒食症で亡くなった女の子の生前の日記を、
ブログでずっと読んでて、こころを揺さぶられる感じだった。
彼女はおちゃらけながらも、生きたい、生きたいって何度も書いてる。

自分がこんなに生きたいと願っているのに、
生きることにぐずぐず言ってる仲間たちに喝を入れたい、って書いてた。
ほんとに、そうだ、と思いつつ、また泣いた。


でも、ウツのときって、
なんにもないのに涙がばあばあでて止まらなくなる。
涙ばあばあ、よだれダラダラ鼻水ダラダラ。
きっかけさえあれば、体中の水分と塩分、
全部なくすことだってできると思うくらい。

でも、泣くことはわたしにとって、
自分の感情をはき出すいちばん有効な手段。
思いきり泣いたときには、パニックや体の症状は出てこない。


さっき、会いに行く約束をしようと思って、
Mに電話をかけたら、留守電だった。仕事中だものね。
「また電話します。」っていうのが精いっぱいだった。
あれ、名前名乗ったかな・・・。

なんて泣きながら書いているさなか、母ちゃんからの電話。
部屋の片づけはしたのか、とキンキン声でせかす。

いっつもタイミング悪いねー。
明日見積もりなんだし、言われなくてもやるって。
わたし、もう35歳なんですよー。

ま、できの悪い子を持つとしょうがないのかな。
反省。

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::: ご冥福をお祈りします。 :::

いちばん古くからの親友Mの、パパが亡くなった。
大晦日のことだったらしい。

Mからメールでその知らせをもらった。
少したってからだったから、いろいろと慌ただしかったのだと思う。


とてもファンキーなパパだった。
John Lennon にどことなく似ていたから、
わたしたちは密かに彼を、ジョンと呼んでいた。


ジョンは社長だったから、Mの家はお金持ちだった。
高校1年の頃から、彼女はブランドの服しか着てなかった。
当時の、田舎ものでクソ真面目だったわたしに、
銀座や六本木を教えてくれたのも、彼女だった。

でも、彼女は誇りがひと一倍高かったから、
そういうことを決して鼻にかけたりしなかったし、
口はとっても悪いけど、その分ひとの痛みの分かる女の子だった。

そのうち、彼女はパンクにはまり、ずたずたに裂いたジーンズをはいたり、
古着を着てライブなんかに通うようになった。
今なら、そんな彼女の気持ちが分かるような気がする。


彼女はわたしのお手本だった。

流行を採りいれるのは、いつもいちばんだったし、
ひとと同じでいることを嫌った。
彼女は、何をやっても決して下品にはならかった。
いつでも、ベビーパウダーのような、愛らしい匂いがした。

彼女と仲良くなった男の子たちは、みんな彼女のことを好きになった。
わたしはずっと彼女になりたかった。


わたしが入院するたびに、どんなに忙しくても真っ先に会いに来てくれた。
そう、あのロザリオを持ってきてくれたのも、彼女だ。
口では優しいことをひとつも言わないけれど、いつも本音と真心で接してくれた。

彼女も妹も弟も、交互にNYに住んでいたけれど、
彼女の不在中にも、わたしはたまに彼女の両親の家へ泊まりに行っていた。
ぽってぃんも、ジョンやママにたくさんかわいがってもらったし、
いつも家族のようにしてくれた。


そんなMが、去年の夏に結婚した。

ジョンの病が重かったから、NYで長年がんばって身につけた
デザインの職も辞めて、ジョンの会社を手伝っていた。
結婚するヒマもきっかけもない、と言ってた。

忙しくて、わたしたちは連絡を取り合うこともまれになっていて、
彼の話もほとんど聞いたことがなかった。
それよりも、わたしの体のことばかり気づかってくれていた。
彼女は、自分の苦労話をするのが大嫌いだった。


結婚式当日、久しぶりに彼女の家族にあった。
ジョンは、見る影もなくなっていた。
驚くほど痩せてしまって、ものを飲み込むことすらできない状態だった。

彼女の妹と弟が、変わるがわる世話をしている。
やんちゃだった彼女たちも、ずいぶん大人になったなー、と思う。

ファンキーで豪快だった昔のジョンを思い出して、
わたしはそのまま通り過ぎることができなかった。

そばにいって手を取り、何年ぶりかのあいさつをした。
ママが、「KiKiちゃんですよ、分かりますか?」とジョンに尋ねた。
ジョンはわたしの目を見つめて、一生懸命うなずくそぶりをしてくれた。
わたしは、動揺を隠すので精一杯だった。
彼女が、長い間踏みとどまっていた結婚を決意したわけが分かった。


こんなことをここに書いていることを彼女が知ったら、きっと怒るだろう。

でも、わたしはまだ、彼女に返事を書けずにいる。
素直に、大好きだったジョンへのお悔やみのことばを書こうとするけれど、
ぜんぜんそんなのじゃ間に合わないし、伝えきれない思いがいっぱいある。
ずっとずっとそのことが、ひっかかっている。

彼女たちが落ち着いたら、お焼香しに行こうと思う。


この場をお借りして、こころよりご冥福をお祈りします。
ジョン、こころの底からありがとう。
どうか安らかに安らかに、お眠りください。

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AUTEUR

KiKi Maillet
KiKi Maillet


1970年6月
KiKi 日本に生まれる

1976年12月
Antoine くんフランスに生まれる

1993年2月
長女・Papillonette 出産

1997年5月
KiKi, 初めての海外旅行で Paris へ

2002年
Antoine くんと KiKi 出会う

2005年1月31日
Antoine くんとの記念日

2008年12月
KiKi, Paris 郊外・Courbevoie に移住

2009年1月24日
Châtellerault にてめでたく入籍予定

Bienvenue !!



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